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by sasakitosio

核と人類 抑止より脅威を語ろう

 10月29日付東京新聞社説に、「抑止より脅威を語ろう」との見出しで、「核と人類」に関わることが載った。
 きょうはこの社説に学ぶことにした。
 まず社説は、「被爆者の平均年齢は80歳を超えたが、核廃絶の歩みは進まない。世界に今1万6千発の核兵器が配備され、米国とロシアが90%以上を保有する。5月、国連本部での核拡散防止条約(NPT)再検討会議は最終文書を採択できず、決裂して閉幕した。」と切り出した。
 つづけて社説は、「オバマ大統領は2009年、「核兵器のない世界の実現」を訴え、翌年には米ロ両国が配備する戦略核兵器を約30%削減する条約に調印した。しかし、ウクライナ問題をめぐる対立などで、軍縮交渉は行き詰まった。プーチン大統領は戦術核の有効性を示唆する発言さえしている。中国も配備数をあきらかにしていないままだ。
 不拡散ではイランの核活動を大幅に制限する合意が実現したが、北朝鮮はNPT体制を否定し、公然と核開発を続ける。
 保有国側は核兵器があるからこそ大規模な戦争はできない、という抑止論を変えようとはしない。
 まず核実験や核物質生産を禁止するなど、段階的な軍縮が現実的だと主張する。
 一方で国際社会では近年、「使用された場合、壊滅的な結果をもたらす」現実を重視する考え方が広がる。
 万が一、核攻撃が行われたら、一帯は放射能で汚染され、医療チームや消防、軍隊さえも救助活動ができない。それほど非人道的な兵器はつくってはならず、持つべきではないという考えだ。百を超す国々が核兵器を禁止する条約の制定に賛同している。
 日本は安全保障を米国の「核の傘」に頼っているため、核兵器の法的禁止には距離を置いている。
 だが唯一の被爆国である以上、政府は核の抑止力より脅威をもっと語るべきではないか。非人道性をめぐる国際的な議論に、積極的に関与する努力が求められる。」と指摘した。
 最後に社説は、「広島市で来年4月、主要国首脳会議(サミット)の外相会合が開催される。参加国、とりわけ核保有国である米英仏の外相は被爆地を訪問し、軍縮への取り組みを明確に発信するよう望む。
 核問題への取り組みは政府だけでは進まない。反核運動は日本原水爆被害者団体協議会(被団協)を中心に、政党、労組、宗教団体、生協など消費者団体、非政府組織(NGO)と幅広い組織が担ってきた。
 学者や医師、法律家も積極的に発言した。
 思想や信条を超え、各国の組織とも手を結び、核廃絶を若い世代に引き継ぎたい。(山本勇二)」、として締めくくった
 読んで勉強になった。
 「世界にはいま、1万6千発の核兵器が配備されているとのこと」、
 「5月、国連本部での核拡散防止条約(NPT)再検討会議は最終文書を採択できず、決裂して閉幕した」とのこと、
 「保有国側は核兵器があるからこそ大規模な戦争はできないという抑止論を変えようとはしない。」とのこと、
 「100を超す国々が核兵器を禁止する条約の制定に賛同している」とのこと、
中で日本は「安全保障を米国の「核の傘」に頼っているため、核兵器の法的禁止には距離を置いている。」とのこと、
 等々を知った。
 核保有国にとっては相手に核があると、核で攻撃されかねないので、相互の攻撃や戦争はしない、という意味で「抑止論」なのだろう。しかし、自然発生的であろうと、偶発的事故であろうと、意図的悪意でろうと、核戦争が始まったら、人類は滅亡するような気がするが、世界の大国の指導者は、自分たちだけは生き延びられるとでも思っているのだろうか?それこそ、幻想ではないか?
 世界の指導者には、私益、会社益、団体益、国益、も全て地球あっての、人類あってのものであることを深く自覚し、「戦争根絶」の方策を一日も早く構築してしてほしい。その中には、必ずや「核兵器廃絶」が不可欠だと思うが。 
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by sasakitosio | 2015-11-01 10:26 | 東京新聞を読んで | Trackback