憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

核と人類 戦争ができてはイケン

 10月28日付東京新聞社説に、「戦争ができてはイケン」という見出しで、「核と人類」に関することが載った。
 今日はこの社説に学ぶことにした。
 まず社説は、「広島の原爆ドーム前の名物ボランティアガイド、三登浩成さん(69)は、三つのモットーを掲げて訪れる人と向かい合う。
 事実を正確に、わかりやすく、そして心に響くーー。理性に訴え、感情を揺さぶるようなガイドを心掛けているという。」と切り出した。
 つづけて社説は、「しかしやっぱり、揺るぎない事実がすべての基礎になる。
 約7300発、地球上に存在する核弾頭の半分近くを保有する米国からの旅行者は、概して自国の核に対する認識が浅いと、三登さんは感じている。
 たとえば1961年1月に、米ノースカロライナ州で起きた「ゴールズボロ空軍機事故」のことを知る人は、めったにいない。
 二発の水爆を搭載したB52爆撃機が空中分解し、起爆可能な状態のそれらが投げ出されたものの、地上30メートルで落下傘が開き、奇跡的に事なきを得た。二発とも広島型原爆250発以上の破壊力があったという。
 その一方で「原爆投下は戦争終結を早め、米軍兵士50万人の命を救った」という”定説“は根強く信じられている。
 「核兵器が1発でもある限り、何が起きてもおかしくない。核の抑止力なんてものはない」
 三登さんはそう断言し、「核の傘」の話で解説を締めくくる。」と教えてくれる。
 最後に社説は、「日本は米国以上に強く、抑止力神話に呪縛されている。
 昨年10月、日本は国連の「核兵器の非人道性と不使用を訴える共同声明」に賛同した。なのに、平和憲法をねじ曲げてまで集団的自衛権を容認し、米国の核の抑止力にしがみつく。
 唯一の被爆国がなぜーー。
 ヒロシマが、ナガサキが、私たち一人一人に突き付けている問いである。
 平和記念公園の被曝アオギリ写真=の前で、自らの被爆体験を語って平和を説き続け、三登さんをガイドボランティアに導いた故沼田鈴子さん。その珠玉の言葉をいまあらためてかみしめたい。
 「日本を戦争のできる国にしてはいけんよ」」として締めくくった。
  読んで勉強になった。
 1961年1月に、米ノースカロライナ州で起きた「ゴールズボロ空軍機事故」のことを知る米国からの旅行者は、めったにない、とのこと。
 恥ずかしながら、1961年と言えば自分は高校3年生だった。その頃は、新聞も読まない、ラジオも聞かない、ただ大学受験勉強に気を奪われていた。だから、この事件の記憶さえない。この社説で初めて知った。
 事件は、2発の水爆を搭載したB52爆撃機が空中分解し、起爆可能な状態のそれらが投げ出されたものの、地上30メートルで落下傘が開き、奇跡的に事なきを得た。2発とも広島型原爆の250発以上の破壊力があったという、とのこと。
 おそらく、日本が全滅するほどの威力があったのではないか。奇跡的に事なきを得たことが、核の抑止論を今日まで延命させてきたのではなかろうか?
 「原爆投下は戦争終結を早め、米軍兵士50万人の声明を救った」という”定説“は、米国からの旅行者に強く信じられているとのことである。
 戦争終結を早めたことはそうかもしれないが、それが広島長崎での「無辜の市民」の命がひきかえにされて言い訳がない、と思うが?
 人の命のと尊さは、アメリカ人も日本人もないはずではないか?
 原爆投下を肯定する発想は、戦争という「悪魔」がもたらした「心の歪み」であって、人類の平和的存続のためには、認めてはならない「考え方」ではないか?
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by sasakitosio | 2015-11-01 09:51 | 東京新聞を読んで | Trackback