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by sasakitosio

核と人類 いちばん若い被爆者が

 10月27日付東京新聞社説に、「いちばん若い被曝者が」がの見出しで、「核と人類」のことが載った。
 今日は、この社説を学習することにした。
 まず社説は、「広島県府中町の三登浩成さん(69)は、毎朝9時には原爆ドームの前に、“教室”をしつらえる。
 折り畳みの机を置いて、手作りの教材を積み上げ、「始めますよ」と、よく通る大きな声で呼びかける。
 元は高校の英語教師。「アオギリの語り部」と呼ばれた故沼田鈴子さんと原爆の碑巡りをしたのをきっかけに、早期退職してボランティアガイドになった。」と教えてくれる。
 つづけて社説は、「そして9年3か月。166カ国約4万7千人の外国人、日本人を入れると25万人以上の人々に、被曝の実相を伝えてきた。
 旅行者の求めに応じ、英語、中国語、そしてスペイン語の教材を整えた。イタリア語と韓国語版が間もなくできる。
 英語版に興味を示したカナダ人夫婦に三登さんは、流ちょうな英語で語り始めた=写真。
 「私の母は原爆投下3日後に、疎開先から広島市内へ自宅の様子を見に行きました。妊娠4か月。お腹にいたのが私ですーー」
 母は入市被爆者、三登さんは体内被爆者として、被爆者健康手帳を受けた。祖父は、爆心地から600メートルのところで原爆の放射線を浴びた直接被爆者だった。
 体内被爆者は、今全国に約7千4百人。原爆が残した目に見えない無数の小さな“とげ”が生まれる前から心と体に刺さったままの人たちだ。
 発がんなど、後障害への不安は生涯、解消されることがない。核兵器の破壊力はすさまじい。しかし、通常兵器とまったく異なるその非人道性の本質はここにある」、と指摘した。
さいごに社説は、「三登さんも幼いころは病弱だった。母親は「この子はよう長生きできん」と、自らを責めていた。
 去年8月、胎内被爆者の全国連絡会が結成された。高齢化が進む中、「一番若い被曝者」として、積極的に証言活動を展開し、体験や思いを記録に残そうと。
 二代に及ぶ悲しみを知る人たちの願いはきっと、刻まれた不安を乗り越えて「最後の被爆者」になることだ。(飯尾歩)」として締めくくった。
 恥ずかしながら、この社説を読んで「体内被爆者」という言葉、「入市被爆者」という言葉を初めて知った。
 自分と同じ世代の元高校の英語教師の三登浩成さんが、体内被爆者として被曝手帳を受けていて、毎朝9時に原爆ドーム前に“教室”をこしらえ、ボランティアガイドをされているとのこと。偉いものだと感心した。
 発がんなど、後遺症への不安を生涯抱えながらの活動、頭が下がる。できるだけ長くボランティアガイドを続けられることを祈りたい。
 戦争を根絶しない限り、核戦争の恐れはなくならない。
 核戦争の恐れがなくならない限り、人類滅亡の恐れはなくならない。神や仏や地球や宇宙は、人類の滅亡を望んではいないと思いたいが?
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by sasakitosio | 2015-11-01 07:26 | 東京新聞を読んで | Trackback