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by sasakitosio

辺野古着工 民主主義に背く強行だ

10月30日付東京新聞社説に、「民主主義に背く強行だ」の見出しで、辺野古着工のことが載った。
 きょうは、この社説に学ぶことにした。
 まず社説は、「沖縄県名護市辺野古で米軍基地の新設工事が始まった。海兵隊拠点の国外・県外移設を求める県民の民意を顧みない安倍政権の暴走だ。安全保障のみならず日本の民主主義の在り方をも問うている。
 米海兵隊普天間飛行場(宜野湾市)返還のため、代替施設の建設地を辺野古に定めた1999年の閣議決定から16年を経ての本格的な工事着工である。予定工期は2020年10月末だという。
 普天間飛行場は周囲に住宅が迫る。04年には隣接する沖縄国際大に米海兵隊の大型ヘリが墜落した。かって視察したラムズフェルド米国防長官が「世界一危険」と指摘したこともある。
 普天間飛行場の閉鎖、日本側への返還は急務であることに異論はない。しかし、代替施設を同じ沖縄県に造る県内移設に、なぜ県民の多くが反対するのか。政府だけでなく、本土に住む私たちも深く考えねばならない。」と切り出した。
 つづけて社説は、「米軍に強制的に接収された普天間飛行場の返還要求は以前からあったが、日米両政府間で具体的に動きだした契機は95年の米海兵隊員による少女暴行事件である。
 国土の面積の1%にも満たない沖縄県には今も在日米軍専用施設の約74%が集中する。事故や騒音、米兵による犯罪に加え、米軍の戦争に加担しているという心理的圧迫など、基地集中による重い負担を、県民は強いられている。宜野湾市の中心部を占める普天間飛行場の返還は負担軽減の象徴だが、日米両政府の結論は同じ県内の辺野古への移設であり、唯一の解決策との立場である。
 基地を同じ県内に移設しても、負担の軽減にはならない、なぜ沖縄だけが過重な負担を強いられるのか、日米安全保障条約体制が日本の平和に必要なら、日本国民が等しく基地負担を負うべきではないか。
 それが沖縄県民の訴えであり、私たちも共感する。」とした。
 最後に社説は、「しかし、安倍政権は選挙で示された県民の民意をもかえりみず、「抑止力を」掲げて、県内移設に向けた手続きや工事をやみくもに進める。法令の濫用であり、民主主義への逆行にほかならない。
 ドイツの宰相ビスマルクの言葉とされる「政治とは可能性の芸術である」がある。
 辺野古は、本当に「唯一の解決策」なのか。安倍政権は国外・県外移設など、ほかの可能性を追求する努力をどこまでしたのか。県内移設に反対する県民を押しのけて工事を強行するだけなら、もはや政治の名に値しない。」として締めくくった。
 読んで、勉強になった。
社説は、「安倍政権は選挙で示された県民の民意をも顧みず、「抑止力」を掲げて、県内移設に向けた手続きや工事をやみくもに進める。」と指摘し、それは「法令の濫用であり、民主主義の逆行にほかならない」と断じている。その通りだ。
 また、社説は、「安倍政権は国外・県外移設など、ほかの可能性を追求する努力をどこまでしたのか。」と疑問を呈し、「県内移設に反対する県民を押しのけて工事を強行するだけなら、もはや政治の名に値しない」と怒っている。
 確かに、説得と納得、それに向けた真摯な努力が見られない。安倍政権の辺野古移設に対する「対応」は、社会の分裂と人間不信を増幅させるような気がする。
そして、民主主義における多数決原理を、誤用、悪用しているとしか考えられない。
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by sasakitosio | 2015-10-31 06:51 | 東京新聞を読んで | Trackback