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by sasakitosio

居場所の可能性

10月25日付東京新聞朝刊4面に、「時代を読む」という欄がある。筆者は、関西学院大学准教授・貴戸理恵氏だ。
 今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「就労支援といえば職業カウンセリング、職業紹介、職業訓練、仕事体験などを思い浮かべる方が多いだろう。だが、それだけではきちんとした就労に結びつかない場合がある。
 長期にわたって複雑な生きづらさを抱えている場合だ。
例えば、無業期間が長く、引きこもり気味など、社会と離れてしまっている人。過去に就活での燃え尽き、職場でのハラスメント、過重労働などを経験し「人を信頼して協力し合う」ハードルが上がって上がっているひと。
 「貧困」、「障がい」など福祉の枠に入るわけではない。しかし、「じゃあ仕事があれば働けるだろう」と言われても、難しい。「甘え」と切り捨てて済む問題ではなく、雇用が不安定で無業リスクが大きい社会で、こうした人は少数ではない。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「そこでの問題は、こじれた生きづらさの中で「自分はいったい何がしたいのか」が見えなくなってしまっていることである。
 本人が「こういう仕事がしたい」とニーズを表明できれば、支援者はそれをサポートしうる。ただ、ニーズが不明確な場合、「よく分からないが苦しい。助けてほしい」となり、支援に行き詰まりがちだ。本人も「とにかく就労を」と焦って踏み出した結果、苦しくなって続かず、さらに失敗体験が刻まれてしまうことがある。
 では、ニーズが不明確な状態をどのように支え得るのか。
しばしば就労支援の周辺に、「居場所」と呼ばれる場が存在する。居場所には明確な目標設定がないものが多く、「何をしても、しなくてもいい」のが特徴である。お茶を飲みながら世間話をしているだけでいい。社会的な立場から解放され、ありのままに人と交流できる。
 遠回りに見えるが、就労における居場所の意味は大きい。
 私が出会ったある20代の無業の女性は、「働くのが怖い」「生きるには働かねば」という矛盾した思いを抱え、アルバイトをしては無理が続かず、すぐに辞めることが続いていた。居場所に通うようになった彼女は、他の参加者と出会う中で「いろいろな生き方がある」「自分は臨機応変が求められる仕事より、決まった作業を黙々とするのが向いている」と感じていく。以前より自分に適したアルバイトを選べるようになり、職場で嫌なことがあっても、居場所の仲間に愚痴を言いつつ乗り切り、辞めずに済むようになった。
 もちろん、不安定な雇用という問題は、解決されないまま残されている。だがこの女性は、自己否定から解放される時間が増えた。
 「自分のニーズは何か」を知るようになった。それは、自らの問題を把握し、その解決に向けて、人の手を借りながら、現実的な一歩を踏み出す基礎となるだろう。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「仕事をするしない以前に、まずは一人の人間として社会に受け入れられることが重要だ。「自分はどうゆう人間で、何がしたいのか」は、その表明を受け止めてくれる他者がいて初めて、言葉になる。この自己ニーズという「土壌」があって初めて、就労支援という「水」がじっくりと浸透していく。
 居場所は、その「土壌」を創る取り組みといえる。
 多くの居場所が、民間のNPOなどによって、厳しい資金繰りの中で運営されている。これを広義の就労支援の一環と捉え、制度的基盤を整えていくことが求められる。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「無業期間が長く引きこもり気味など、社会と離れてしまっている人、過去に就活での燃え尽き、職場でのハラスメント、過重労働などを経験し「人を信頼して協力し合う」ハードルが上がっている人は、雇用が不安定で無業リスクが大きい社会で、こうした人は少数ではない」とのこと、
 「仕事をする・しない以前に、まずはひとりの人間として社会に受け入れられることが重要だ。「自分がどういう人間で、何がしたいのか」は、その表明を受け止めてくれる他者がいて初めて言葉になる。」とのこと、等はよく理解出来た。
 就労支援と、個人の就労は本人の幸せにつながることではあるが、、社会的にも価値のあることだと思った。
 
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by sasakitosio | 2015-10-29 06:32 | 東京新聞を読んで | Trackback