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by sasakitosio

安倍批判を許さない?「現場の忖度 戦時と同じ空気」 問題文、ファイル、落書き…過剰反応

 10月22日付東京新聞28面に、「ニュースの追跡」という欄がある。筆者は鈴木伸幸氏だ。
 今日は、この記事を勉強することにした。
 先ず記事は、「安倍政権への批判に、前代未聞の対応が相次いでいる。
 放送大学では、政権批判の記述がある試験問題を一部削除。
 北海道では、職員室にあった政権に反対する文言が記されたクリアファイルを道教育委員会が問題視し、調査。
 都内でも、首相のポスターや駅のトイレの落書きが事件化された。
 何とも言えぬ息苦しさを感じるのだがーー。(鈴木伸幸)」と切り出した。
 続けて記事は、「放送大学で問題となったのは、7月にあった「日本美術史」の単位認定の試験問題の文章だ。
 戦前、戦中に弾圧をうけた画家らについての文章の冒頭に「現在の政権は、日本が再び戦争をするための体制を整えつつある。平和と自国民を守るのが目的というが、ほとんどの戦争はそういう口実で起る」などと記述されていた。
 この冒頭部分について、大学側は政治的公平を定めた放送法に基づき「不適切」と判断。学内専用サイトへの掲載時に削除した。
 出題した放送大で客員教授を務めている東大の佐藤康宏教授(美術史)は「総務省が「法的問題はない」としている。大学側の過剰な自主規制だ。試験問題まで制約されるのは極めて遺憾だ」と憤慨する。
 この削除を受け入れられないとして、佐藤教授は本年度で客員教授を辞任することを大学側に伝えた。 
 一方、北海道では北海道高等学校教職員組合連合会(道高教組)が、組合員の教職員約1500人に配布した「アベ政治は許さない」と印刷されたクリアファイルにクレームがついた。
 このファイルが職員室にあったことを道教委は「禁じられている公務員の政治的行為」として問題視。今月中旬、所持者や使用実態の調査を始めた。道高教組は「組合員のみに配っており、機関紙と同じ組合活動の一環。政治的行為ではない」と反発している。
 国会で安保関連法案の審議があった7月から先月にかけては、都内の落書き騒ぎで警察が動いた。
 都内の複数のJR駅のトイレに安倍首相を「戦争好き」などと揶揄する落書きが見つかったことで、警視庁が器物損壊事件として捜査を開始。
 この件とは別に、首相のポスターにナチスドイツのヒトラー風のひげを落書きしていた男性が、器物損壊容疑で現行犯逮捕された。
 政権や与党への批判はいつの時代にもあること。こうした過剰ともいえる反応は異様に映る。」と指摘した。
 さらに記事は「コラムニストの小田島隆氏は「落書きはいけないことではあるが、現場裁量でお目こぼしでもいいぐらいな話だ。一つ一つの動きは大事件とは言えないが、それがこうして同時多発していることを軽くみてはいけない」と警告する。
 「政権がそこまで指示しているとは思えない。おそらく現場が忖度して、「こうすれば、覚えがめでたい」と動いている。戦前、戦中の言論弾圧も、上からというより末端の先走りで厳格化された。それと同じ空気を感じ、気味が悪い」
 法政大学の水島宏明教授(メディア論)は報道の在り方にも問題を感じるという。「落書きはルール違反だが、逮捕が妥当かどうかという視点が重要。日本人は悪いことは悪いと思いがちで、逮捕者を擁護しようものなら批判の嵐だろうが、それでは本質が見えない」と指摘する。
 「行政の現場が先走り、人々が「それならやめておこう」という自主規制するような悪循環が怖い。ものを考えなくなる。」
 前出の佐藤教授も「自主規制で当面のトラブルを避け続けることが、どんな結果を招くのか。よく考えてほしい」と訴えている。」と教えてくれる。
 読んで、ファシズムとか、言論弾圧とかは、遠い過去の話ではなくて、すぐ身の回りに、今日ただいま、存在していることをあらためて知った。
 人間は、皆が皆死ぬことよって、どんな記憶も消えてなくなり、それを文字や映像で伝えようとしても、真実は伝わらないものなのだろうか?
 人間は、同じ痛みを現実に味わわない限り、自分の痛みとして味わわない限り、わからないのだろうか?
 佐藤教授の「自主規制で当面のトラブルを避け続けることが、どんな結果を招くのか。よく考えてほしい」との訴えは、この記事を読んで、改めて深く理解出来た。
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by sasakitosio | 2015-10-24 06:49 | 東京新聞を読んで | Trackback