憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

若者なぜ立ち上がる 個人の声こそ民主主義

 9月18日付東京新聞14面・19面に、「安保法制 言わねばならないこと 特別編 有識者6人が語る 6つの論点」という欄がある。
 今日は中で、作家・高橋源一郎氏に学ぶことにした。
まず筆者は、「今SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動、シールズ)」の若者はじめ一般の市民が声を上げたのを見て、これは60年安保、70年安保に続く「第三次安保闘争」だと思いました。「おかしい」とおもったとき、普通の人が抗議に行く。脱原発デモによって国会前で抗議するスタイルができて、国会前が公共の場、政治の場になった。これは3.11後に出来た新たな政治習慣です。
 国会に呼ばれた憲法学者が、安保関連法案を「違憲」だと断言し、多くの人がおかしさに気付きました。
 そもそも政党が百も二百も公約を掲げて当選しても、公約すべて承認されたと思うのは大間違いです。」と指摘した。
 つづけて筆者は「議会制民主主義で有権者は政治家に権限を委譲する。しかし「全て」を委ねたわけではありませんだから人々が「公」に参加することで補完しなきゃいけない。デモをやり、集会をやり、発言をする。そうやって不断に隙間を埋める必要があります。
 「シールズ」の学生との対談本を出しました。いつの間にか、「政治的なことを発言するのは特殊」という社会になってしまった。それが今回、真っ当な「公」の感覚で、若者が声を上げたのはとても大切なことです。それは古代ギリシャ民主制の「すべての市民は公の責務を負う」考え方に通じています。
 たとえば「シールズ」の奥田愛基君は、東日本大震災のボランティア経験が今の活動につながったと思います。共同体の一員として、困っている人がいれば助けるのも公の感覚です。教え子でもある奥田君に「個人の言葉で語った方がいい」と助言したことがあります。組織で運動すると、やがて組織の維持と拡大が目的になってきます。第一次、第二次安保闘争は組織中心。一方、べ平連は普通の人が行ける場を目指しました。その考えは今重要です。
 ブランショは著書「明かしえぬ共同体」で、公的な共同体の理想の形は、組織ではなく、一時的な共同体だと言っています。市民が自発的に突然集まり、集会し、目的が達成されれば解散する。突然、公的な声が可視化され、そして消える。国会前に30万人が集まり、三々五々消えて行くのも同じだ。」と指摘した。
 最後に筆者は、「現政権には特定秘密保護法から憲法改正に至るストーリーがあります。だから安保関連法案が成立しても終わりではありません。憲法違反の法なのだから違憲訴訟も起きるでしょう。やることはいっぱいある。「おかしい」と思ったら粛々と声を上げていく。それこそが民主主義です。」として締めくくった。
 読んで、勉強になった。
 「脱原発デモによって国会前で抗議するスタイルが出来て、国会前が公共の場、政治の場になった。これは3.11後に出来た政治習慣です。」との指摘は、そのとおりだと思った。
 この広場を、「突然、公的な声が可視化され、そして消える。」広場に、「「おかしい」と思ったら粛々と声を上げていく。」広場に、育てていきたいものだ。
 「そもそも政党が百も二百も公約を掲げて当選しても、公約すべて承認されたと思うのは大間違いです。」、その通り。 
 「組織で運動すると、やがて組織の維持と拡大が目的になっていきます」との指摘、なるほど、なるほど。最初から党勢拡大を目的として、運動に参加し、顔見知りになると「党の機関紙を売りつけたり、入党をすすめる」たくましい輩が中にいるために、政党が嫌われたり、政党隠しが現われるわけだ。しかし、どんなに小さくとも組織には持続力があるのも確かだ。
 「古代ギリシャ民主制は「すべての市民は公の責務を負う」考え方」とのこと、
 「ブランショは著書「明かし得ぬ共同体」で、公的な共同体の理想の形は、組織ではなく、一時的な共同体だと言っている」とのこと、等は初めて知って、考えるヒントを得た。

 
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by sasakitosio | 2015-09-22 09:28 | 東京新聞を読んで | Trackback