憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

答弁で日本語壊された

 9月18日付東京新聞19面に、「安保法制 言わねばならないこと欄がる。今日は、中で作家の高村薫氏の記事を学習することにした。
 まず筆者は、「安倍首相ら政府側の答弁によって、私たちの日本語が破壊されていった、という感じがする。政治家が言う「丁寧な説明」という言葉に、虫ずが走るようになった。「丁寧」が丁寧ではなくて、「説明」も説明になっていない。中身のない呪文になってしまった。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「一連の国会答弁は、一から十まで中身がなければ誠実性も欠いたもので、二種類の欺瞞でできていたと思う。
 一つ目の欺瞞は、事実ではないうその説明。日本人を乗せて避難してくるアメリカの艦船を防護できなくていいのか、と説明。これはうそ。
 ホルムズ海峡での戦時の機雷掃海の話も、当の駐日イラン大使がそんなことはありえない、と言った。
 あり得ないうそに基づいた説明を、堂々と国会の場で繰り返すことによって、集団的自衛権そのものへの不信を募らせた。
 もう一つは、事実を隠すための不正確、不透明な文言。なんとも結局説明がつかない、「存立危機事態」とか「後方支援」とか、事実をごまかす、隠すために不正確、不透明な文言でそれを説明するから、当然支離滅裂、意味不明なことになる。もともと不正確な文章というのは、いくら言葉を補っても正確な、明快な文章にはならない。説明すればするほど、ぼろぼろになっていくだけ。そういうものを私たちは聞かされ続けてきた。
 ポツダム宣言を「つまびらかに読んでいない」と国会答弁の場で言ってはおしまい。学問とか知識とか歴史に対する尊敬がなさすぎる。だからめちゃくちゃな日本語を使うのでしょう。
 揚げ句の果てに国民の理解が進まない、と。東アジア、中国の危機を国民は理解しないので、丁寧な説明をしてきたけれども、政治の責任で決めるときは決める、というわけだから。ここまで言葉の論理や物事の筋道を軽んじる政治を私はちょっと想像できなかった。こんな政治があるんだとは。」と指摘した。
 最後に筆者は、「国会答弁というのは、やじも含めてすべて記録に残る。自分たちの一言一句が公式の記録として半永久的に残る、ということすらもう念頭にない。だからやじを飛ばせるんでしょう。そこまで国会をなめているし、政治をなめている、としか思えない。もちろん、国会をなめている、ということは国民をなめている。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「「丁寧」が丁寧でなくて、「説明」も説明になっていない。中身のない呪文になってしまった」、
 「一つ目の欺瞞は、事実ではないうその説明。」、
 「もう一つは、事実を隠すための不正確、不透明な文言。」、
 「もともと不正確な文章というのは、いくら言葉を補っても正確な、明快な文章にならない。」、
 「学問とか知識の歴史に対する尊敬が無さすぎる。」、
 「ここまで言葉の論理や物事の筋道を軽んじる政治を私はちょっと想像できなかった。」、
 「国会をなめている、ということは国民をなめている。」、等々の指摘は、言葉や言語の扱いを仕事とする「作家」ならではの視点を感じ、共感できた。
 ただ、特定秘密保護法、原発再稼働、安保法制と、政府のこの間の顛末は、政府・自民党公明党議員の、「知的・感覚的理解力」の範囲がメモリー不足で、国民大衆の知性・感性・行動性に対し理解不能状態なのではなかろうか。
傲慢とか、舐めているとかは、相手の状態を熟知した上で、承知の上での対応で、政府・自民党公明党の議員には、世情への理解能力がそもそも欠損しているのではないのか、と思った。
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by sasakitosio | 2015-09-21 09:37 | 東京新聞を読んで | Trackback