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by sasakitosio

長老排除に「鬼神」の影

 9月15日付東京新聞朝刊11面に、「論説委員のワールド観望」という欄がある。筆者は、上海在住の論説委員・加藤直人氏だ。 今日はこの筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「反腐敗闘争で政敵を葬ってきた中国の習近平国家主席が、禁断の長老排除に乗り出した。自身の後継者が政治中枢に名乗りを挙げる二年後の共産党大会を視野に絶対権力を固める狙いがあるとみられるが、思いもよらぬ逆風で先行きの不透明感も出てきた。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「党機関紙の人民日報に8月10日、長老支配排除を訴える意味深長な論文が載った。
 「人走茶涼を弁証する」との記事は、党指導部や長老が河北省の避暑地・北戴河に集まり、非公式な秘密会議を開いている絶妙な時期に掲載された。
 「人が去れば茶は冷める」という意味の俗語には、職務を離れれば忘れられるとの含意がある。人民日報は「引退後は政治に手出しせぬ“茶涼”を常態とすべきだ」と長老政治を批判した。
 その直前には、国営・新華社通信傘下の週刊誌が「北戴河無用論」の論陣を張り、「大陸の政治は透明化されており、北戴河が神秘的である必要はない」と、引退した長老が党最高人事にまで介入する秘密会議を批判した。
 国営メディアを動員した長老排除の最大のターゲットが江沢民元国家元首であるのは疑いない。習氏は江人脈に連なる周永康・全政治局常務委員、さらに元制服組トップの徐才厚(3月病死)、郭伯雄の両氏を反腐敗闘争で失脚させ江氏の影響力をそいできた。
 昨年末、習氏が江氏の故郷揚州からみて長江南岸にある鎮江を訪問し話題となった。
 「江(沢民)を鎮める」と読み解けるからだ。
 8月には党幹部らの研修期間・中央党校で校名の石碑が正門外の目立つ場所から移された。「石碑は江氏の筆によるもの。長老排除の一環では」との声も。
 目を凝らすと、胡錦濤前主席に対する風当たりはあまり強くない。実は胡氏は中国トップの座に就いた翌2003年、北戴河会議をやめると決めた。だが、長老の猛反発で復活を許すという苦渋をなめている。
 引退後も二年間、党中央軍事委員会主席の座に居座った江氏の院政に苦しんだ胡氏は、軍権も譲り完全に引退して習氏にバトンを渡した。長老支配を憎む気持ちは胡、習氏に相通じるものがあるようだ。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「中国政府は1980年代から90年代にかけ8人の長老が権勢をふるい「八老治国」と批判された。実は習氏の父・習仲勲元副首相もその一角を占めていた。
 高官子弟の太子党でありながら、長老支配の悪弊を断ち切ろうとする習氏。
 だが、景気減速や株式相場の大暴落という経済ショックが習政権を襲った。
 中国では「人有十年旺、鬼神不敢謗」(人生十年ほど運勢が強く、鬼神も手出しできぬ)と言う。トップ就任三年で政治的基盤を固めた習氏。
 経済ショックの「鬼神」も蹴散らす、旺盛な二期十年となるのだろうか。」と締めくくった。
 読んで、また一つ中国の現代事情が分かった。
 「人走茶涼」の意味、「北戴河会議」の存在、等を初めて知った。1984年、河北省の避暑地「承徳市」と「柏市」が姉妹都市になった機会に、子どもや知人友人20余名で、夏の避暑山荘を訪れたことを思い出した。その時、ホテルの廊下で裸電球の下で、若者が一生懸命勉強していた姿を見て、「中国は発展する」と思った。
 「人有十年旺、鬼神不敢謗」の意味も知った。
 しかし、トップ就任3年で政治基盤を固めた習氏も、ヒトはカネ・モノ・地位で支配服従させることはできるが、経済はヒトほど容易ではないのではないか。しかも、世はグローバル時代だし、情報化時代だし。
 ただ、後継を信頼せず出しゃばりすぎる長老もいかがかと思うが、先人に学ばず無視・排除する壮年・若者もいかがなものかという、気がした。



 

 
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by sasakitosio | 2015-09-17 06:40 | 東京新聞を読んで | Trackback