憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

政治は歴史を変えられない

 8月15日付朝日新聞朝刊1面に、「座標軸」という欄がある。筆者は、論説主幹・大野博人氏だ。
 今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「歴史は私たちの社会や政治を批判的に考える手がかりとなる。逆に、政治権力はしばしば歴史を自分に有利な視点として味方につけようとする。
 安倍晋三首相が「談話」を出そうとした動機もそこにあったように見える。
 かって日本が他国を侵略、植民地支配したこと、それによって、おびただしい数の人々を犠牲にしたこと、アジア開放が目的だったとは言いがたいこと。
 こうした歴史は、談話のための有識者懇談会の報告書も確認している。
 しかし首相はそれに挑戦したかったのだろう。「侵略」「植民地支配」という表現や「おわび」に抵抗を示してきた。今回の「談話」でも間接的な触れ方に終始した。
 だが、問題はそれだけでなく歴史を自らの側に引き寄せて解釈し直そうとした政治的行為そのものにもある。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「首相はどんな歴史を味方につけようとしたのか。
 談話では戦後の平和国家としての歩みに「誇り」を抱くとしている。しかし、これまでそれを実現した「戦後レジーム」には敵意をあらわにしてきた。
 自民党内から聞こえてくる東京裁判否定の声なども合わせると、戦前の体制を肯定的に見る「歴史修正主義」への警戒感が内外で強まったのも無理はない。
 安保法制の議論でも通奏低音はきこえた。
 与党議員から飛び出した「マスコミを懲らしめる」という発言や反対デモへの非難。「憲法守って国滅ぶ」という言葉で「亡国の危機」の空気を振りまいたのもその一例だ。これは批判や憲法の制約を切り抜けるため、国民を不安にして同調を迫るレトリックではないだろうか。これらの例にかいま見えるのは、民主的な社会よりも旧体制になじみそうな価値観である。
 もとより、日本を「亡国」のふちに追いやったのはその旧体制の方だ。談話にあるように「三百万余の同胞」を犠牲にしながら「一億玉砕」を叫ぶ。そんな体制は東京裁判があろうとなかろうと葬られるしかなかった。」と指摘した。
 最後に筆者は、「首相は、談話で「歴史の教訓の中から、未来へ知恵を学ばなければ」とも「歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なもの」とも述べた。
 その言葉とは裏腹に、あえて談話を出すのは、歴史から教訓を受け取るより、歴史認識を変えたいという考え方があるからだろう。
 そして、カギとなる言葉の使い方から透けて見えるのは、「戦後レジーム」に対抗するため、旧体制を少しずつ名誉回復しようとするかのような姿勢だ。主語をぼかし、一般的な言い回しの中に入れるーーー。
 だが、それで歴史は変わらない。政治は歴史の前に謙虚であるべきだ。昨日そういったのは首相自身である。」と締めくくった。
 読んで勉強になった。
 まず、「歴史修正主義」というのは、戦前の体制を肯定的に見ることのようだ、ということを知った。
 ただ、人の歴史、国家の歴史、地球や宇宙の歴史は、人々の思いや想像の範囲は広大無辺だが、変えることができないのではないか?
 歴史は広大深遠な井戸のようなもので、そこから何をくみ取れるかで、人の将来、国家や地球の先行きに違いを生み出す様な気がするが?
 できることなら、諍いや紛争の種を拾わず、平和での共存共栄の種を選び拾うことが、少しでも長く人類が生き続けられる道のような気がするが?

 
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by sasakitosio | 2015-08-24 17:19 | 朝日新聞を読んで | Trackback