憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

「何もしない」ことの責任

 7月19日付朝日新聞朝刊4面に、「政治断簡」という欄がある。筆者は、政治部次長・秋山訓子氏だ。
 今日はこの筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「政治学者丸山真男の生誕100年の昨年出版された「政治の世界」に、1960年5月の講演「現代における態度決定」が入っている。岸内閣の安保条約改定への反対運動がさかりの時のことだ。
 講演で彼は、あるイタリア映画を例に引く。第2次世界大戦中の刑務所での場面。闇商売で捕まった男が言う。
 「自分は何もしなかったのにこういう目にあった。抵抗運動もしたことがないのに」。
 「何もしなかったのに」と繰り返す男に、「まさに何もしなかったのがあなたの罪なのだ」。
 男は問う。 
 「それじゃあなたは何をしたんですか」。
 指導者は「私はただ義務を果たそうと思っただけです。もしみんながそれぞれ義務を果たしていたならば、たぶん我々はこんな目にあうことはなかったでしょう」。
 丸山は言う。
「これは不作為の責任という問題で、しないことがやはり現実を一定の方向に動かす意味を持つ」」と切り出した。
 つづけて筆者は、「衆院を通過した安全保障法案。京都市の大学院生、西郷南海子さん(27)は、今月4日に「安保関連法に反対するママの会」を立ち上げた。1歳、4歳、7歳の子どもがいる。日々の暮らしから、法案に疑問と不安を抱いた。
「問題は難しくて、専門家以外は意見を言いにくい雰囲気がある。聞けば反対かもしれないけれど、言い出せない。でも、だれかの命を奪うことを当然とするような社会で、子育てはしたくないと。素朴な実感かもしれないけれど、そこからはじめたい。」
 ウェブサイトを作って子育てする日常を書き、「私たちは人が育つということはキレイごとではないと、身をもって知っています。だからこそ、戦争に反対します」。フェイスブックにも投稿。署名を呼び掛けた。たった一人で始めた活動は、現在、賛同者が1万5千人を超えた。
 その人たちとネットで意見交換するなかで、この声を可視化したいと、今月26日に東京・渋谷でデモをする。ガーベラの花が目印だ。
 「常に前進、という花言葉がぴったりかなと」。13日には、6人の女性で発表の記者会見をした。その場が初対面だった。
 署名を集めてもデモをしても、国会で法案は通りそうですよね、西郷さんにそんなことを聞いてみた。
 「効果があるかという話をすると、すべて無駄になっちゃうと思うんです。自分と似た考えの人がこれだけいると分かれば、日常に戻った時、政治的な声をあげられるかもしれない。そして変化が始めるのでは」
 個から発した活動が大きなうねりに。こうした一人一人が各地のデモになっている。」と、指摘した。
 最後に筆者は、「冒頭の講演には、イギリスの有名な保守主義の思想家であるエドマンド・バークのこんな言葉も紹介されるている。
 「代議士たちが、何らかの目にあまる悪名高い法令とか勝手な権力を行使するように見えた時は、人民という団体自体が介入しなければならない」
 これから参院審議。まだ終わっていない。」と締めくくった。
 読んで勉強になった。
 丸山真男という名は聞いたことはあるが、すべて人伝手だった。中で、今日は筆者から「不作為の責任という問題で、しないことがやはり現実を一定の方向に動かす意味を持つ」と丸山真男がいっている、事を教えてもらった。いまの年になって、今の時代に生きていて、不作為の責任の意味が分かってきた。
 そして、人の世の出来事は、個人の作為・不作に関わらず、たとえ個人の意に沿わない結果でも「他人」のせいしてはいけない、ことを教わったような気がした。
 また、作為の方法が、ウエブサイトを作り、フェイスブックに投稿し「賛同者」15000人に、ネットで意見交換をする中で「声を可視化」する渋谷でのデモに具体化した、とのこと。
 ここに、現代の文明の利器を使った、国民的運動の原点と将来があるような気がした。
 問題は、少なくとも世界で10年はもつ「思想」をどうやって生み出すか?
 ここに、できることなら日本人の叡智を結集できないものか?
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by sasakitosio | 2015-07-22 07:09 | 朝日新聞を読んで | Trackback