憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

反面教師と下品な社会

 7月19日付東京新聞朝刊4面に、「時代を読む」という欄がある。筆者は、哲学者・内山節氏だ。
今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「戦後の日本の平和主義は、単なる戦争放棄ではなかった。戦争によって国家の目的を実現させることを愚策と断じ、あらゆる知恵を使って、戦争をしない世界をつくって行こうという理念をもあわせもっていた。その先頭に日本が立とうとする決意があってこその平和主義だったのである。
 だからそれは、国力や軍事力に依存しない日本をつくろうとする高尚な思いとともにあったのであり、世界に例を見ない一流国をつくろうとする試みでもあった。
 ところが戦後の政治家たちがおこなってきたことは、そういうものではなかった。アメリカに基地を提供し、アメリカの軍事力によって日本を守ろうとしてきたのである。そして現在、かってのような力を維持し得なくなったアメリカを補完するかたちで、「戦う日本」を作ろうとする動きが始まっている。
 それは日本をくだらない三流国にしようとする策動だと言ってもよい。軍事力によってもめごとを決していこうというのは、三流国のやり方だ。このやり方では力の前にひれ伏す国はできても、尊敬される国にはなれない。そればかりか抑え込まれた人々の恨みを買い、次にテロの標的にされることも起り得る。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「安保関連法案は先週衆議院で可決が強行された。だがこの法案が議論される過程は、安倍政権が意図した方向には進まなかったと私は思っている。
 むしろ逆に、国民の間では、戦後の平和主義の意義の再確認が広がっていった。声を上げ始めた若者たちを含めて、実に多くの人たちが「戦う日本」の危険性と愚かしさを認識している。いわば戦後の平和主義の原点に戻るべきだという合意が、再びこの社会に定着してきたのである。
 ある意味では安倍政権による強引な右傾化路線は、半面教師の役割を果たしてしまったと言ってもよい。
 法案が可決されても、違憲判決が出れば終わりだ。
 ここまでひどい日本の政治に振り回される必要はないという思いは、沖縄での独立論を高めていくだろう。
 法が成立しても、破棄を求めることもできるはずだ。
 これだけ安保関連法案と安倍政権への批判が高まっている以上、法が成立すれば終わりではない。」と指摘した。
 最後に筆者は、「戦争が生み出した破滅に対する痛恨の思いからつくられた戦後の平和主義の理念を、私たちはもう一度取り戻すべきなのである。単なる戦争放棄ではなく、戦争無き世界を作ろうとした高尚な理念を、である。
 振り返ってみればアメリカの軍事力に依存している間に、日本の社会はずいぶん下品になった。
 沖縄の人々に犠牲を強いて平気でいられるのも下品な社会だ。
 原発事故の被災者への思いを欠いて、原発再稼働を進める社会も品格を欠いている。
 格差社会を放置している状況も、株価を上げるために政策を動員しているのも下品な社会だ。
 私たちはもっと高級に生きなければならない。今求められているのは、高級な社会を創り出すための転換である。
 安倍政権の暴走によって逆に強くなった平和への思いは、この転機を促進していくことになるかもしれない。いやそうしていかなければならないだろう。
 平和な、ともに生きる社会めざして、私たちはこれから、さまざまなものを改革していかなければならない。」と締めくくった。
 読んで、すっきりし、爽快な気分になった。
 特に、筆者の「戦後の日本の平和主義は、単なる戦争放棄ではなかった。」、「国力や軍事力に依存しない日本をつくろうという高尚な思いもとともにあったのであり、世界に例を見ない一流国をつくろうとする試みであった。」との指摘は、戦後から今日までの日本の歴史の中に見出せる「思想」のような気がした。
 それは、「平和憲法を世界へ拡げ、未来につなげる」と、根っこでつながっている「考え方」のような気がした。
 また、筆者の「安倍政権の暴走によって逆に強くなった平和への思いは、この転換促進していくことになるかもしれない。いやそうしていかなければならないだろう」との指摘は、よく理解出来た。
 そして、日本国・日本国民が、世界の「マハトマ・ガンジー」になり、「戦争の無い世界」を実現する、その先頭に立てないものか?
 いや、日本国・日本国民こそ、その使命を担って、人類史上に「今」存在するのではないかと、思えないものか?
[PR]
トラックバックURL : http://sasakitosi.exblog.jp/tb/21963785
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
by sasakitosio | 2015-07-21 06:58 | 東京新聞を読んで | Trackback