憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

60年安保闘争経験者が語る 安保法案反対で何ができるか

 7月11日付東京新聞朝刊の24.25ページに、「こちら特報部」という欄がある。なかで、60年安保闘争経験者の発言が載った。
 今日はこの記事に学ぶ意ことにした。
 江田五月参議院議員は、「いま市民ができることは「国会に圧力をかけること。デモでもいいし、メールでもいい。安倍政権は国民の声を無視したという事実が歴史に残れば、次につながるはずだ」と話す。
 「砂川闘争」で、明治大学生だった土屋源太郎さん(80)は、57年、基地内に侵入し逮捕起訴された。・・安保闘争当時は業界紙の記者。
 その土屋源太郎さんは、「政権は経済政策で関心をそらそうとしているが、格差や貧困も広がっている。それに憤るこえも反対運動に取り込んでい行かねば。仮に成立しても、違憲訴訟という手もある」と提案した。
 途上国支援のNPO法暎人で理事を務める篠原浩一郎さん(77)。安保闘争時は九大の学生だった。
 その篠原浩一郎さんは、「あの闘いがあったから日本は戦争と距離を置き、経済優先の道を選んだ」と当時の運動を評価する。
 東京大医学部の学生だった石井暎禧さん(78)は60年6月15日の国会突入の際、現場の指揮をとっていた。死亡した東大生,樺美知子さんはすぐそばにいたという。
 その石井暎禧さんは、現在の安保法制反対の運動には「民主主義を守れと言うのは分かる。だが、それだけでは観念的かもしれない。社会や生活を大切にしていく運動と結ばねば」と注文を付ける。
 元岩手大学教授の古賀康正さん(83)は安保闘争のころには大学を卒業し、政治活動に専念していた。
 樺さんがなくなる日の早朝、交通事故に遭い、1週間ほど入院した、「退院後は運動に熱気が冷め、指導部批判だけが聞こえた。ただ、闘争に敗北したとは思っていない。改憲まで手を伸ばそうとした岸内閣は倒れた。成果はあった」し、「デモにに参加し、新聞に投書し、ネットでも発信するなど、できることを何でもやるしかない」と話す。
 学習院大学名誉教授の佐伯隆幸さん(74)は59年に学習院大に入学した。安保闘争の敗北の理由を「政治的に拙劣だった」と分析する。国会に突入したは事実だが、そこから占拠し続けるほどの強い意志はなかった。デモが続いていれば、岸が根負けすると信じていた」
 現在の安保法制反対の運動についても「平和、平和と叫ぶばかりでは、法案は止まらない。政治的な拙劣さは、安保闘争当時と同じでは」と辛辣だ。
 評論家の武藤一羊さん(83)は52年に学生運動で東大を退学処分になり、60年安保闘争の当時通信社で働いていた。60年6月19日は、国会近くの空き地でデモ隊とともにいた。「承認されてしまい、もうどうしょうもできない。憂鬱な集まりだった」と振り返る。
 現在の攻防の先を見すえて「仮に成立したとしてもそこから運動をまた始めなければならない。自民党は改憲するまで、こうした動きを続けていくだろう。声を上げなくてはならない機会はまだ何回もある」
 安保闘争は改定条約の承認後、一気に退潮した。
 「あの過ちを繰り返してはならない。仮に法案が成立して運動がなくなっては、55年前の二の舞だ」・・・・
 読んで勉強になった。
 特に、「安保闘争は改定条約の承認後、一気に退潮した」とのことであるが、そこのところは教訓として生かしたいと思った。
 また、たとえ衆議院で安保法案が強行採決されても、参議院での審議がある。仮に衆議院での強行採決がなされれば、国民世論のより強力な反発を生むこと必定。60年安保は条約であり、今度の安保は法律であることの違いを、ぜひ廃案運動に生かしたい。できることは、何でもやらなければと、思った。
 
 
[PR]
トラックバックURL : http://sasakitosi.exblog.jp/tb/21948759
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
by sasakitosio | 2015-07-14 17:52 | 東京新聞を読んで | Trackback