憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

「いざという時」が来た

7月3日付朝日新聞朝刊社説下に、「社説 余滴 」という欄がある。筆者は、政治社説担当・高橋純子氏だ。
 今日はこの筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「黄色いプラスチックケースの上に乗り、小雨降るなかマイクを握ったその人の頬は、心なしか紅潮していた。
 「若い諸君の力強い声、いききした姿に接して、この国のいまと未来にもう一度、私は自信を持ちました」
 憲法学者の重鎮、東京大学名誉教授の樋口陽一さん、80歳。先々週の金曜日の夜、10代、20代前半の大学生らが結成した「SEALDs」が主催する、安全保障関連法案への国会前抗議行動に参加した。街頭に立ったのは、44年前、弁護士会のメンバーと仙台駅頭で裁判官の再任拒否に抗議して以来2度目だという。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「2004年に、取材でご自宅を訪ねた時のことを思い出す。前年イラク戦争が開戦。戦後日本が問い直されている時に、何をどう考えるべきか、粋な和服姿で縦横に語ってくれた。ただ時事問題に関しては、紙面ではコメントしないという姿勢は一貫していた。「でも、いざという時が来たら、街頭に立って、ミカン箱の上にでも乗って、演説しますよ」
 「消費」されることを避け、発言の「重み」を保持しておきたいということだろうと理解した。
 一方で、まだ若く、血の気が多かった私は「それって行動しない知識人の言い訳じゃない?」と疑った。そういう人はずっと「まだまだ」と言い続けるに違いない、と。」と指摘した。
 さらに筆者は、「だが、「いざという時」は来た。
 「不真面目な人たちによって、戦後日本が営々と築き上げてきたものが解体される瀬戸際にある」
 「それに甘んじることは、我々が辱められること。跳ね返しましょう」
 場が沸き、拍手が起きる。
 「デートをキャンセルして来た」という女子大生。
 「首相に勉学意欲を刺激され、賢くなっている」と皮肉る男子大学院生。
 「私たちが目指す平和は「平和安全法制」の中にはない」
 「国民なめんな!」
 「勝手に決めるな!」
 これからを生きる世代の言葉と、これまで生きた先達の言葉が路上でまじりあった。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「畑を耕す人。種をまく人。水をやる人。民主主義は手間と時間がかかり、経験則は有っても「正解」はない。誰も世話をしなければ枯れ、多くの人が手をかければ、いつか実がなる。その「いつか」を信じる人たちがいま、「私の言うとおりにすれば間違いないぞ」とうそぶく政治権力に、自分なりの言葉とスタイルで対峙しようとしている。」と締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「若い諸君の力強い声、いきいきした姿に接して、この国のいまと未来にもう一度、私は自信を持ちました」との80歳の樋口陽一東大名誉教授の感激は、年寄りの一人として、よく分かった。
 筆者の「「それって、行動しない知識人の言い訳なんじゃない?」と疑った。そういう人はきっとずっと「まだまだ」と言い続けるに違いない、と。」との思いは、おおむね当たっているのではないか?
 たまたま、樋口陽一先生が、例外的に違っただけではないか?
 それとも多くの知識人は、ほとんど現役で「犬儒」を務めておられ、時事問題に紙面でコメントすると、実入りに響くのかもしれないし?
 いずれにしても、「まだまだ」と言い続ける知識人を責めることはできない気がするが、その反面、「いざという時が来た」と街頭にたつ知識人の勇気を褒めたいと思った。
 「自分なりの言葉とスタイルで」、それは自分にとっては、平和憲法を世界へ広げ未来へつなげる「道」を探り、身の回りの友人知人と話し合う事ぐらい、しかできないが?
 
 
[PR]
トラックバックURL : http://sasakitosi.exblog.jp/tb/21924097
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
by sasakitosio | 2015-07-04 06:56 | 朝日新聞を読んで | Trackback