憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

「愛憎」感

 5月2日付東京新聞朝刊23面に、「本音のコラム」という欄がある。今日の筆者は、作家・楊逸氏だ。
 今日は、この筆者に学ぶことにした。
まず筆者は、「貸したもの(金も含む)を返してくれないことが発端となって、幼ななじみの18歳の少女を監禁した事件。主犯格とみられる少女と、その知り合いの少年ら三人が逮捕された。生き埋めにして殺害された可能性があるという。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「被害者に「根性焼き」だの「皮膚をえぐる」だのと、残忍な行為を加え、あげくのはてに、あらかじめ畑に掘ってあった穴に埋めた。そう供述した一人は成人したばかりの20歳で、もう一人の20歳と一緒に「埋める作業」をしたという。
 二人とも被害者と面識がなかった。少女に頼まれ、「女の手を汚させない」思いだったという。
 背筋が凍りついた。
 殺人事件はドロドロした愛憎が絡むことが多いが、このところ立て続けに起きた少年少女による事件(川崎中一男子生徒殺害事件然り、今回しかり)に見る「愛憎」の感覚は、どこか狂っているのではないか。」と指摘した。
 最後に筆者は、「「貸したものを返してくれない」というだけで殺したいほど「憎」くなる。「友だち」に殺してほしいと頼まれば、殺人まで加担してしまう。
 「女の手を汚させない」と「友だち」を気遣う「愛」。
 そこには、人間ならだれもが持っているはずの情けも、善悪を分別する常識もまるでない。
 子どもたちに何が起きたのだろうか。
 社会や教育に責任はないのだろうか。」と締めくくった。
 「子どもたちに何が起きたのだろうか」との筆者の疑問は、多くの大人が共通に抱くものではないか。
 「貸したものを返してくれないと言うだけで、幼馴染を殺したくなり」、「友達に殺してほしいと頼まれれば殺人まで加担する」、等の心裡と行動は、まったく理解できない。
 筆者の「人間なら誰もが持っているはずの情けも善悪を分別する常識もまるでない」との指摘は、理解できる。
 が、理解できない「情なし、分別なしの(事件)」が現実に起こっている。「正気」では理解できないところは、「狂気」で考えてみるしかないのではないか?
 しかし、戦争における狂気、ナチスのアウシュビッツの狂気、は、環境のせいに出来たが、いまの日本は「平和」そのものだ。とすると、これは、人間存在そのものに内在する「もの」で、通常多くの場合は「封印」されている「もの」ではないのか?
 昔、年寄りに「わが身つねって、人の痛さしれ」と言われた事を思いだした。周囲の他人を「切ったら血の出る」同じ人間と思わせる、平等意識の欠如が原因の一つではないか?  また、「格差の存在」を是認し、「格差拡大」を阻止できてない社会の現状にも、一因があるのではないか?。
            
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by sasakitosio | 2015-05-05 17:54 | 東京新聞を読んで | Trackback