憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

日常に戦争の狂気

 5月2日付東京新聞朝刊1面に、「秘密保護法 言わねばならないこと 集団的自衛権」という欄がある。今日の発言者は、沖縄の基地に反対する・高里鈴代さんだ。今日はこの発言者に学ぶことにした。
 高里さんは、まず「米軍基地との共存を強いられてきた沖縄には、戦争の狂気がいつも日常と隣り合わせにあります。
 米兵による性暴力の歴史は、1945年3月に米軍上陸に始まり、今日に至っている。島ぐるみの県民大会に発展した95年の少女暴行事件も、2008年に14歳少女が暴行された事件も、その中で起きている。
 駐留米兵の罪の意識や人権感覚の無さはもちろんですが、戦場に行っては、その狂気を宿して帰還することが無関係ではない。」と切り出した。
 高里さんは続けて、「那覇市の婦人相談員だった80年代、相談に訪れる女性の多くが米兵に突然、首を絞められ殺されそうになったことがあると聞いた。泥沼化したベトナム戦争(75年終結)のころの米兵は暴力の塊まりでした。
 貧困から米兵相手の店で働くしかなかった女性、民間に職場が少ないために基地で働いていた女性が被害に遭っていた。沖縄の女性は、性暴力と戦場の狂気におびえながら生きなければならなかったんです。本土の方はには想像できない現実がありました。
 米兵の犯罪を許してきた背景には日米地位協定がある。入国チェックが適用されない米兵は透明人間のようなもの。基地がある限り、不平等協定は残り、沖縄の人権は回復されません。」と教えてくれる。
 最後に高里さんは、「私たちは戦後ずっと、基地問題に振り回され、貧困や教育など人々の生活の課題に力を振り向けられずにきました。反基地運動は時間も労力もお金も重すぎる負担です。でも、負けられません。
 辺野古に恒久的な新基地をつくらせないということは、次の世代に暴力を引き渡さないということなんです。日本が米国と一緒に戦争する国になるのは認められない。戦場のような日常を終わらせなければなりません。」と締めくくった。
 読んで、沖縄の人たちの現実を知らなすぎたことが、わかった。
 「米軍基地との共存を強いられてきた沖縄には、戦争の狂気がいつも日常と隣り合わせにあります」
 「駐留米兵の罪の意識のなさはもちろんですが戦場に行ってはその狂気を宿して帰還してくることが無関係ではない」、
 「泥沼化したベトナム戦争(75年終結)の頃の米兵は暴力の塊まりでした」、
 「基地がある限り不平等協定は残り、沖縄の人権は回復されません」、
 「辺野古に恒久的な新基地を作らせないということは、次世代に暴力を引き渡さないということなんです」、等々の指摘・意見はその通りだと思った。
 これらの事実と歴史を見る限り、アメリカ軍は「日本人を守ること」を任務としていないことが分かる。
 本当に日本人の平和と安全を実現するのは、日常的に近隣諸国との友好関係の芽を育み、東アジアを「軍隊」が不要な地域にする「外交」にあるのではないかと思った。
 また、道のりは長いかもしれないが、日本は、武器を輸出するのではなく、日本の文化を輸出し、平和憲法を世界へ広め、未来へつなげることで、日本国民の平和と安全を確保する道を選択したほうがいいと思うのだが?
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by sasakitosio | 2015-05-05 08:17 | 東京新聞を読んで | Trackback