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by sasakitosio

ヒトラーを清算した熟慮と自省

 4月26日付朝日新聞朝刊2面に、「日曜に想う」という欄がある。筆者は、特別編集委員・富永格氏だ。
 今日はこの筆者に学ぶことにした。
まず筆者は、「案内板ひとつで、70年前のベルリンに飛ぶのは難しい。ブランデンブルグ門の南にある総統防空壕(フューラーブンカ―)跡。アドルフ・ヒットラーが最後の100日を過ごした地は、ありふれた駐車場に姿を変えていた。
 ネオナチの聖地になるとの懸念を説き伏せ、詳しい位置が公表されたのは9年前。
 「過去と向き合い、伝える責任がある」と。
 年表に見入る男性(41)は「特段の思いはない。これはもう歴史ですから」。あたりでは小鳥がさえずり、春の光が揺れるだけだ。
 東からソ連軍、西から連合軍が迫る1945年春、ヒトラーは56回目の、そして最後の誕生日を迎える。野戦用ジャケットを着たまま側近と夕食を共にした総統は、独り読書にふけったという。砲撃の音が近かった。
 4月30日午後、ヒトラーは前日に妻とした33歳のエバ・ブラウンと自決。
 後継に指名された腹心のゲッペルスも妻子を道連れに後を追った。
 独裁者らの遺体は、ベルリンを占領したソ連軍の手で葬られた。ところが70年、ソ連と東独の秘密警察が掘り出し、焼却のうえエルベ川に散骨する。これまた将来、心酔者が墓前に集まらないようにという用心である。」と教えてくれる。
 つづけて筆者は、「遺跡までが危険視される男を権力の座に押し上げたのは、ほかならぬ自由選挙だった。28年、国会に初挑戦したナチスへの支持は限られたが、翌年、米国から大恐慌という神風が吹く。
 第一次世界大戦の償いを背負うドイツ経済は、米国資本の撤収で沈んだ。工業生産は3年で4割減、労働者の3割、600万人が失業する。苦しむ大衆をとらえたのが、反ベルサイユ(戦後)体制、反ユダヤの宣伝だった。
 ナチスは30年の選挙で躍進、32年には4割近い得票で第一党になり、翌年政権を奪う。ここまでの物語は国民との合作、あとは独り舞台である。
 ヒトラーの流儀は排除弾圧だけではない。娯楽と宣伝目的のラジオ普及、アウトバーン(高速道)建設や軍需による雇用拡大、ベルリン五輪、フォルクスワーゲン(国民車)構想・・・。硬軟両様の施策で民心を取り込み、盤石の翼賛体制を築き上げた。
 ここに教訓が横たわる。
 独裁思考の人物や集団にひとたび託せば、彼らは言論を封じる一方で、甘言を弄し、国を意のままに操るだろう。選び間違えたツケはいずれ国民に回る。少なくとも暮らしで、ともすれば命で。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「懲りた欧州では、扇動の弁舌はそれだけで怪しまれる。とりわけヒトラー清算にかけるドイツの決意は絶対だ。
 このほど独北部で、アウシュビッツ強制収容所元職員の裁判が始まった。
 簿記係だった被告は93歳。4年前には91歳の元看守に有罪判決が下されている。怖いほどのけじめである。
 良き隣人に再生すべく、ドイツ人は欧州統合に従い、リーダーになった。周辺国との関係でも94%が「うまくいっている」と考える。(日本は46%)。
 単純な比較は戒めたいが、たゆまぬ自省があってこその到達点だろう。
 先ごろ87歳で亡くなったドイツのノーベル賞作家、ギュンター・グラス氏が、死の直前スペイン紙の取材に語ったという。
 「我々は同じ間違いを犯す恐れがある。夢遊病者のように世界大戦に突き進むかもしれない」と。
 同氏の代表作「ブリキの太鼓」は、台頭するナチス親衛隊員だった過去を告白した晩年であった。ガウク独大統領は「彼の作品は人々を動かし、熟慮へと導いた」と悼んだ。
 「熟慮は自省へに至る。胸中で書いては消し、読み返しては改める教訓の数々。同じ過ちを繰り返さぬよう、たとえば政治、教育、メディアはどうあるべきかを自問する精神作業である。
 我が国もまた、扇動と迎合の果ての地獄を経験した。歳月は非情だが、せめて世代を超えて語り継ぎ、思いを巡らせよう。肌が知らない教訓は、面倒でも頭で迎えに行くしかない」と締めくくった。
読んで大変勉強になった。
 今年の年末年始の外国一人旅は、ベルリンでブランデンブルグ門を見て触ってきたいと思っている。ので、記事中で「ブランデンブルグ門の南に総統防空壕跡がありふれた駐車場に姿を変えている」ことを知って、ヒトラーの足跡も是非見てみたいと思った。 
 また「4月30日午後、ヒトラーは前日妻にした33歳のエバ・ブラウンと自決、後継に指名された腹心のゲッペルスも妻子を道連れに後を追った」とのこと。なぜ、ヒトラーもゲッペルスも、自殺したのだろうか?敗戦処理もしないで、無責任すぎる気がした。これも独裁者の教訓の一つなのか?
 ソ連軍の手で葬られた「独裁者らの遺体」が、70年に「ソ連と東独の秘密警察が掘り出し、焼却のうえエルベ川に散骨した」、これは将来、心酔者が墓前に集まらないようにという用心である、とのこと。いまどきのドイツに「ネオナチの聖地になることの懸念、心酔者が墓前に集まるのとの懸念」が、為政者の行動に影響を与えていることに、大きな驚きを感じた。またその真相、深層、心底を知りたくなった。
 さらに、「このほど、独北部で、アウシュビッツ強制収容所元職員の裁判が始まった。簿記係だった被告は93歳。4年前には91歳の元看守に有罪判決が下されている。」との「怖いほどのけじめ」は、どうしたら日本の「為政者や社会の指導者の心身に」着けさせることができるのだらうか?
 とうとう考えるヒントを、たくさんいただいた。
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by sasakitosio | 2015-05-02 10:38 | 朝日新聞を読んで | Trackback