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by sasakitosio

世界に築いた日本の存在感

 4月5日付東京新聞朝刊4面に、「時代を読む」という欄がある。筆者は、哲学者・内山節氏だ。今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「10代のころの私には、ひとつの恐怖があった。そのころは平和活動やベトナム戦争に対する反戦運動が盛んだった時代である。その雰囲気の中で、私も「平和」「反戦」という言葉を口にしていたが。だが、もしも戦時中のような時代が再び訪れたら、そういう社会の中でも私は「平和」や「反戦」を語りつづけられるだろうか。もしかすると戦争協力者になってしまうかもしれない。その不安が、時代に流されてしまうかもしれない自分に対する恐怖を生み出していた。
 戦後の日本に幸運があったとすれば、それは政治的な大国になれなかったことではないかと思っている。米国とソ連にはさまれて暮らさなければならなかったことや、アジア太平洋戦争の敗北によって、アジアの盟主になるという野望を捨てざるを得なかったこと、さらに国内の戦争に反対する強い意識などが、日本の大国化を妨げた。軍事的にも世界ににらみをきかせる政治的な大国になることができなかったのである。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「 もっとも日本の軍事力は年々増強されてきたし、その意味では軍事力の小国ではなくなった。だが、世界ににらみをきかせるという点では、国際的な存在感の薄い軍事力だったといってもよい。そうである限り、戦前の列強を思わせるような大国になることはできなかった。
 ところが、別の面では、戦後の日本は存在感を増していた。
 そのひとつは、いうまでもなく経済力だった。しかしこの領域でも大国ではなかった。国際通貨としての円を通用するようにすることはできなかったし、日本が主導する国際的な経済システムを形成することもできていない。世界を牛耳る経済大国ではなかったのである。とすると日本の経済力がつくりだした存在感とはなんだったのか。
 それはメイド・イン・ジャパンに対する世界的な信頼である。世界の人々の中で、確かなものをつりだしている国という信頼があり、だが世界の経済システムの覇者ではない。
 つまり存在感はあるが大国ではない国、それが戦後の日本の経済力だった。」と指摘した。
さらに筆者は、「いまでは新しい存在感も生まれている。和食、アニメ、漫画、東京ファッション、日本文化、若者の音楽などふくむさまざまなサブカルチャー。東日本大震災のときには、略奪、暴動などが起こらなかったことが、世界の人たちを感嘆させた。存在感はあるが、大国ではない国、それが戦後の日本だったといってよい。そしてそれは、いまの日本の大きな財産である。
 世界の人々の信頼や高い評価はあるのに、世界の覇者ではないとう独特の位置を日本は築いたのだっから。
 あるいはこの財産をもとにして、覇者のいない平和な世界を提案していく基盤を、日本は持っているのだから、である。」と教えてくれた。
 最後に、筆者は、「この財産に気づかずに、大国になろうとする野望をいだくのは愚かなことだ。課題は世界の人々の信頼をより高めながら、にもかかわらず大国でない姿を、磨き上げることなのである。
それは新しいものと古い文化が調和している社会とか、世界一子育てだしやすい国、高齢者の社会参加や企業の社会貢献がすすんでいる国、自然エネルギーの利用度が高い国といったものであって、それがより存在感のある日本をつくっていく方法なのだと思っている。」と締めくくった。
 読んで納得した。
 「米国とソ連にはさまれて暮らさなければならなかったこと、
アジア太平洋戦争の敗北によって、アジアの盟主になるという野望を捨てざるを得なかったこと、
 国内の戦争に反対する強い意識などが、日本の大国化を妨げた」ことを、筆者は「日本の戦後の幸運」と言った。
 うん、なるほどなるほど。
また筆者は、「日本の経済力が作りだした存在感とは何だったのか。それはメイドインジャパンに対する世界的な信頼である」という。その信頼を見ることの嬉しさ、誇らしさが、マドリッドでも、イスタンブールでも、パリ、ロンドンでも、日本製品や看板を見ると嬉しくなった、ことを思い出した。
 そして筆者は、「課題は、世界の人々の信頼をより高めながら、にもかかわらず大国でない姿を磨き上げることなのである」と指摘する。なるほど、豊かで、教養があって、尊敬される国、日本。なれば、まちがいなく平和な日本になるだろうと、思えた。
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by sasakitosio | 2015-04-08 06:41 | 東京新聞を読んで | Trackback