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by sasakitosio

50年めの岐路

 3月25日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、文芸評論家・斎藤美奈子氏だ。今日はこの筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「どんな建物も百年経てば文化財になる。
 平成の大修理を終え、27日、5年ぶりに一般公開される姫路城大天守は築約400年。 だが、その間には何度となく倒壊や解体の危機に直面してきた。
 江戸後期の財政難、
 明治の廃城令、
 そして姫路の大空襲。
 今となっては「よくぞ残してくれました」だけど、修復には莫大な費用がかかる。「見るに堪えない。いっそ壊したほうがよくはないか?」という意見も毎回出たはずだ。」と指摘した。
 つづけて筆者は、「広島県産業奨励館が竣工したのは1915年。ちょうど百年目である。原爆投下後、解体の声も上がる中、この建物は原爆ドームとして残った。「よくぞ残してくれました」である。
 一方,長崎の浦上天主堂が竣工したのは百一年前の1914年。原爆投下後、保存を望む声が高かったにもかかわらず、こちらは戦後13年の58年に解体された。「なぜ残さなかったか」と悔やまれる。」と指摘した。
 最後に筆者は、「22日に閉店した渋谷の東急プラザは築49年。同じころに建った東京都児童会館はすでに解体された。築50年目前後が壊すか残すかの瀬戸際なのだ。コンクリートの耐用年数?そうかなあ。現在の文化財も漫然と残ったのではない。これは意思の問題だと思いますけど。」と、締めくくった。
たしかに、筆者の言う通り、姫路城も、広島産業奨励館も「よくぞ残してくれました」だ。50年近くで、街の様子、特に建物の有無がかわる。そうすると地域の景色が変わる。建物がなくなって、見通しがよくなったり、建物が出来て日陰に成ったり、相続で所有者が変わったりする。変わらずに残っているものは、それを残す意思を持った人々が大勢い居た証しでもある。自分の年齢よりも長く残っている「存在」に出会うたびに、それを残し続けている「人々」に感謝している。
 
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by sasakitosio | 2015-03-29 11:41 | 東京新聞を読んで | Trackback