憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

ふるさと喪失慰謝料

 3月19日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、法政大教授・竹田茂夫氏だ。今日はこの筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「福島原発事故の刑事責任追及に予見可能性の法理(震災は予見不可能だから責任はとえない)が障害になる一方で、国と東電の民事責任を問う集団訴訟が頻発している。全国で7000人に迫る数の避難者らが提訴し、深刻な被害の飯館村では全村民の半数(約2800人)が裁判外紛争解決手続の申し立てを行った。共通するのはふるさと喪失慰謝料や恒久的な被害回復措置の請求だ。」と切り出した。
 つづけて筆者は「原発事故は個人の財産や営業を侵害するだけではない。固有の歴史・文化・自然環境をもった地域の暮らしや人々の生きがいまでも根こそぎにする。ふるさと喪失慰謝料とは、貨幣で測れない共同体の価値が回復不可能なほど毀損されたことへの怒りと責任追及を表現している。
 いかに大きなものを失ったか、原告はその社会的承認を求めている。
さらに重要なのは被害者と苦難の共有感覚だ。損害賠償は通常、個々の被害の程度や逸失利益などを勘案する。いわば被害と賠償金の交換だ。だが、このような疑似市場原理は被害者集団を分断し利害対立を持ち込む上に、個人に分解不可能な共同体の価値を考慮できない。」と指摘した。
 最後に筆者は、「1970年代水俣病第一次訴訟が教訓となる。患者団体が共有する悲惨と尊厳回復のほぼ一律の補償要求に整理して画期的な勝訴を勝ち取ったのだ。」と締めくくった。
 読んで勉強になった。
 3月8日に我孫子市で、「日本と原発」という映画を見た。製作者・監督・出演者・弁護士の河合弘之さんが、上映前にあいさつをされた。その中で「東電に償いをさせる、許せない」と強い口調で言われたことに共感した。これが、筆者の言う「被害者と苦難の共有感覚」の表われだったかと思った。
 また、河合さんは映画作成の目的の一つに「裁判官を説得すること」があるとの話しがあり、現実に裁判官がこの映画を見ているとのことであった。この映画を見た裁判官は、公知の事実と、隠された真実と、関係者の証言にふれ、迷うことなく、「被害と苦難の共有感覚」を感じさせる判決が出せると思った。福島原発事故にからむ民事・刑事の裁判官には、ぜひ「日本と原発」の映画をみてから、判決をだしてほしいと思った。日本の民主主義の回復は、いまや司法に委ねられたような気がする。
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by sasakitosio | 2015-03-20 06:45 | 東京新聞を読んで | Trackback