憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

求めるべき国家 本願に立つ日本国憲法

 2月28日付東京新聞12面に、「生きる」という欄がある。
 その中で、中京大教授・平川宗信氏の「真宗者と現代社会(下)」という記事がある。今日はこの筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「「求めるべき国家」、「本願に立つ日本国憲法」等の見出しで、始まった。
 つづけて、真宗者が本願に願われた世界を求めるとき、自分が生きる国家のあり方が、大きな問題になります。
 本願に立ってどのような国家をもとめるのか。それが真宗者の課題となります。これは、「真宗者はどのような憲法を求めるのか」という問題です。国家のあり方を決めるのは、憲法だからです。
 いま、現行の憲法を自由民主党の「日本国憲法改正草案」(2012年。以下「改憲草案」)に置き換えようとする改憲の動きが進んでいます。真宗者は、そのどちらを選ぶのかが問われています。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「私は、現在の日本国憲法は本願に照らして高く評価できる憲法だと思います。
 日本国憲法は、前文で、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世界の国民が,ひとしく恐怖と欠乏から逃れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と宣言しています。
 「恒久の平和は」は「浄土」と、「崇高な理想は」「本願」と重なります。そして、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」できるのは、本願が全人類に届いているからでありましょう。これは、「日本国民は本願に立って平和を守る」という宣言です。
そして、「平和を維持し専制と隷従、圧迫と偏狭」そして「恐怖と欠乏」をなくそうとする決意は、「地獄・餓鬼・畜生なからしめん」という大無量寿経の第一願「無三悪趣の願」と重なります。戦争は「地獄」、欠乏は「餓鬼」です。専制・隷従・圧迫・偏狭・恐怖は人間を「畜生」にするものです。
 さらに戦争放棄・戦力の不所持を規定した第九条は、釈尊の「殺すな、殺させるな」という不殺生戒、大無量寿経の「兵戈無用」(兵器も兵隊もいらない)と重なります。
 私は、日本国憲法は、武力ではなく本願力を恃み、本願を目指した「本願国家宣言」だと思います。」と指摘した。
 さらに筆者は、「これに対して、改憲案の全文は、「日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち(中略)天皇を戴く国家であ」り、「(困難)を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する」とした上で、
 「日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り」、経済活動を通じて国を成長させ」、「国家を末永く子孫に継承するため」に「憲法を制定する」としています。
 ここでは国家が全面に出され、その歴史・文化・天皇制や発展が誇られています。
 ここには地上の国家は「穢土」であるという、如来の視点はありません。国民は、国土防衛、経済成長、国家の継承のための存在とされています。これは国民を国家に従属する「畜生」とするものです。また、経済成長を国家目標とすることは、「餓鬼」でありましょう。
 改憲案では、平和主義も、友好関係の増進と平和・繁栄への貢献という、抽象的な内容にされています。そして、第九条は自衛戦争を認める規定に変えられ、国防軍の保持、国際的軍事行動への参加、軍事法廷の整備等を定める条文が新設されています。
 これは、戦争・「地獄」を求める国を目指すものです。改憲案は、「地獄・餓鬼・畜生」の「三悪趣国家」を目指すものと言わざるをえません。」とも指摘した。
 最後に筆者は、「真宗者が選ぶべきべき憲法が現行憲法であることは、明らかだと思います。ただし、現行憲法を護れば問題ないというわけではありません。
 本願に照らせば、現行憲法もまだ不十分ですし、憲法の理念も十分に実現されていません。沖縄や福島の現実は、その典型です。本願の視点からの憲法の修正と憲法理念の実現が求められます。
 また、最近は、解釈や立法で憲法を済し崩す動きも顕著です。このような動きも、阻止されなければなりません。
 とはいえ、現状を座視・黙認・支持して支えているのは私たちです。そこには三悪趣を生きるわたしたちがあります。
 私たちは、三悪趣に安住するするような念仏しかしてこなかったのではないか。
 真宗者には、今こそ親鸞聖人の念仏に立ち帰ることが願われていると思います。」と締めくくった。
 読んで、いままで出会わなかった観点からの、日本国憲法の見方を知った。親鸞聖人の一代記から、「弁円の涙」という講談を演じるために、文献の調査、縁の寺院の訪問等を重ねてきたが、日本国憲法と本願の結びつきという、信仰の深いところでの結びつきを教えてもらった気がした。
 「恒久の平和」は「浄土」と「崇高な理想」は「本願」と重なる、とのこと。
 「戦争は「地獄」、欠乏は「餓鬼」だとのこと。
 「専制・隷従・圧迫・偏狭・恐怖は人間を「畜生」にするものだ、とのこと。
 戦争放棄・戦力不保持を規定した第九条は、釈尊の「殺すな、殺させるな」という不殺生戒、とのこと。
 いちいち、なるほど、なるほど、だった。
また、筆者指摘の「私たちは、三悪趣に安住するような念仏しかしていなかったのではないか」の言葉は、真宗の檀家に育ち、熱心な信者であった母を持つ自分に、反省をもとめるものであった。
[PR]
トラックバックURL : http://sasakitosi.exblog.jp/tb/21608658
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
by sasakitosio | 2015-03-06 07:08 | 東京新聞を読んで | Trackback