憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

原初状態

212日付東京新聞朝刊25面に「本音のコラム」という欄がある。筆者は、法政大教授・竹田茂夫氏だ。今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「なぜ格差(所得・資産・機会の不平等)はいけないのか。J/ロールズ」正義論」は社会契約論の立場から答えを書いて脚光を浴びた。

 自分にしか関心のない個人が一堂に会して社会制度を設計するとする(原初状態)。

 境遇・能力・所得等はどうなるか分からないとすれば、最低辺に落ちても過酷な目に合わないような社会が選ばれるはずだ。この限りでは格差は許されることになる。」と切り出した。

 つづけて筆者は、「だがこの理論には難点が多い。まず、格差の正当化に使われる。保守派の格差肯定論は、累進課税や再分配をすれば、できる人たちのやる気が失われて成長や革新の芽を摘んでしまうなどという。戦乱中東で、疫病のアフリカで人道援助がなぜ必要か。ロールズは答えない。国の内外で正義の二重基準が生じる。

 異色の哲学者G・コーエンは、正義を社会制度に限定するのは誤りであり個々の行為まで問題にすべきだと批判し、格差肯定の「やる気」論は、人質と引き換えに金を要求するのと同じだと断ずる。」と教えくれた。

 最後に筆者は、「生まれついた境遇は選択の結果ではない。中東やアフリカの子供たちの苦しみや人生の機会喪失は彼らの責任ではない。こういう直感、自然な共感や同情が原初状態という理論的トリックの背後にあったはずだ。個人レベルの共感を社会事業や国際的連帯へ展開する道を探すべきではないか。」と締めくくった。

 「原初状態(自分にしか関心がない個人が一堂に会して社会制度を設計する)」という言葉を初めて知った。

 「境遇・能力・所得はどうなるか分からないとすれば、最低辺に落ちても過酷な目に合わない社会が選ばれるはずだ」との考え方は興味深い。

 ただ、前提としての、「自分にしか関心がない個人」、「境遇・能力・所得はどうなるか分からないとすれば」、が、政府によって選ばれる「有識者」を見れば、現在の日本では「存在」しない前提のような気がした。

 そして、既存の「社会制度」の恩恵を受け「能力以上の恩恵を受けている層」の人びとがつくる「社会制度」が、また格差を拡大しているような気がしてならない。

 特に、非正規労働者の存在自体が、憲法問題であり、政治問題であり、社会問題であり、経済問題であると思うのだが?

 今の日本の現状では、それを拡大する方向で「社会制度」が誕生する流れのような気がする。

 遠い昔、「起て万国の労働者!!」という言葉聞いたが、現代的にはさしづめ「起て,怒れ、非正規労働者!!」ということか?


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by sasakitosio | 2015-02-15 07:22 | 東京新聞を読んで | Trackback