憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

本気だったのか

2月3日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は。ルポライター・鎌田慧氏だ。

今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「「救われる」と信じていた。しかし、ついに救えなかった。後藤信二さんの生死は、政治に翻弄され、悲しみと不信感だけが残った。

 この間、安倍首相の発言は矛盾だらけだった。

 「卑劣なテロに屈することはない」といい、

 「人質の早期解放をめざす」という。

そのためにどんな手を尽くしたのか。生命の危機が迫っている時にいう言葉か。」と切り出した。

 つづけて筆者は、「後藤さんが亡くなった後の言葉は「国民の命、安全を守ることは政府の責任であり、その最高責任者は私」だった。「人命第一」「早期解放」を目指しながら、人質の命と安全を守れなかったのはなぜか。

 「最高責任者」を気取る割にはその自責がない。「テロとの闘い」。空疎な大言壮語。

 こころあるひとたちが悲しみ沈んでいる間に、自衛隊による「邦人救出」「積極的平和主義」をもちだす。死者の前で売れ残り商品を売りつける。火事場泥棒のように、品がない。 私は開放を信じていた。が、日の丸とイスラエル国旗を並べて記者会見する首相の顔をみて、ドキッとした。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「アメリカが「イスラム国壊滅作戦」を声高に主張しているときに、アメリカと有志連合を組む、イスラエルとの仲を誇示する。無神経すぎる。

 平和を願っていたジャーナリストが自衛隊の海外派遣の露払いにされるのでは、死んでも死にきれない。」と締めくくった。

 読んで、共鳴した。
 筆者は「救われる」と信じていたとのこと。私は、「救われる」ことを、八百万の神々に祈っていた。しかし、世界中の人々の祈りと願いが届かなかったことは誠に残念というしかない。

 また、安倍総理が「国民の命、安全を守ることは政府の責任であり、その最高責任者は私」と発言しているが、「最高責任者」を気取るだけで、二人を救えなかったことに対する「最高任者の自責の念」がまったく伝わってこないのは、不思議な現象だ?

 

 


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by sasakitosio | 2015-02-07 16:56 | 東京新聞を読んで | Trackback