憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

謝罪はナシか

2月4日付東京新聞朝刊23面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、文芸評論家・斎藤美奈子氏だ。きょうは、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「大みそかのライブでのふるまいをサザンの桑田佳祐さんがおわびした。会見で審判部を批判した横綱白鵬がおわびした。人質事件で政府を批判した共産党の池内さおり衆議院議員もおわびした。

 彼らに謝罪を強いたのは世間の非難と彼らが属する「業界」の圧力である。この国では自由な意見を表明すると「謝れ」コールが起きるのだ」と切り出した。

 つづけて筆者は、「人質事件で拘束されていた湯川遥菜さんと後藤健二さんの親族も「ご迷惑をおかけした」「世間をお騒がせして」と政府と国民におわびした。痛ましい謝罪だった。

 これほど謝罪を重んじる国なのに、謝罪しなくいい人もいる。人質事件の不幸な結末に対し、安倍首相は「誠に残念、痛恨の極みである」とは述べたが、謝罪の言葉はくちにしていない。

 経緯はどうあれ、国民の命にかかわるミッションに国は失敗したのである。一国のリーダーなら「救出に全力を尽くしたが力及ばず、こんな結果になったことをおわびしたい」とまず親族に、そして二人の救出を願った国民に謝罪してもいいはずだ・・・・と考えるのはこちら側の論理。救出を約束したわけでない。それが彼らの理屈かしら。」と指摘した。

 最後に筆者は、「戦後70年の談話でも首相は「謝罪と反省」を外したい由。軽微かつ正当な個人の発言には謝罪を強いても、国家の重大な過ちは謝罪しなくていいらしい。よく覚えておこう。」と締めくくった。

 筆者の指摘の通り、「人質事件の不幸な結末に対し、安倍首相はまず遺族や国民」に対し、政府の非力・無力・無能を「政府・国家公務員を代表して」率直にお詫びすべきだと思った。
 それができないのはなぜかを考えた。政府全体に「事故責任?・自己責任」の自覚がまったくない現れではないか?これは、第二次世界大戦も、福島第一原発事故も、責任を誰も取ってないような気がするが?責任を追及されているだけではないのか?はてさて、「社会的責任健忘症候群?」の人しか「日本の為政者・指導者」に成れないのか?はたまた、「日本の為政者指導者」になると皆が皆「社会的責任健忘症候群?」になるのか?ぜひとも、有識者の皆さんに研究してほしいと思った。


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by sasakitosio | 2015-02-06 06:57 | 東京新聞を読んで | Trackback