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by sasakitosio

悪魔はいなくなったか

2月1日付東京新聞社説に、「悪魔はいなくなったか」の見出しで、アウシュビッツ収容所があったポーランド南部オシフィエンチムで1月27日開かれた「70年記念式典」のことが載った。今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「ナチス・ドイツが約110万人を殺害したアウシュビッツ収容所の解放から70年。この非道を引き起こした「悪魔」はいなくなったのだろうか。

 収容所があったポーランド南部オシフィエンチムで1月27日開かれた70年記念式典には、ドイツのガウク、フランスのオランド両大統領はじめ世界各国の首脳ら約300人が集まりました。アウシュビッツを忘れまいとする社会の強い意志の表われです。

戦後70年を考える作業が始まりました。

 アウシュビッツも生存者が少なくなり風化が懸念されています。博物館として保存されている現場をたどることで、犠牲者の苦しみと、行われたことの残虐さに思いをはせることはできます。」と切り出した。

 つづけて社説は、「 収容されたのはユダヤ人を中心としたドイツ民族以外の人たちでした。第一収容所跡にメガネ、カバン、髪の毛などの山が展示されています。強制労働させただけでなく、収奪できるものは金にしようとしていました。

 断種などの生体実験も行われました。

 見学者が多い第一収容所跡から3キロほど離れた場所に、ビルケナウ収容所跡があります。ユダヤ人らを「絶滅」するための収容所でした。ナチスが証拠隠滅のため爆破しかけた「焼却」施設が生々しくここっています。「絶滅」は集団をシャワー室に見せかけたガス室に誘導してチクロンBという毒ガスを投下して殺害し、遺体を「焼却」するという、工場の流れ作業のような形ですすめられました。

 アウシュビッツは、ナチスという特殊な政権下でなし得た一過性の非道だったのでしょうか。

 アウシュビッツで猛威を振るった人間の心に巣くう「悪魔」はいなくなったのでしょうか。」と問いかけている。

 さらに社説は、「ドイツは第一次世界大戦後、多額の賠償金を課せられ、国民は超インフレに苦しみ、フランスなど戦勝国や、富裕層とされたユダヤ人に強い憎悪をいだきました。

 ナチスはユダヤへの憎悪をあおり、自国民の優越性を強調するナショナリズムで支持を拡大しました。

 ナチスは当初、ユダヤ人らを追放、続いてゲットーに押し込める隔離政策を取った後、ソ連へ移送を計画しましたが、進まず、ユダヤ人の大量殺害を決めました。

 しかし、こういった経緯をたどるだけでは、アウシュビッツの非道さを説明し切れません。

 ナチスはユダヤ人の大量殺害について「最終解決」という言葉を使っています。無機質で事務的な響きです。同時に用いた「絶滅」という言葉も本来、人間に対して使う言葉ではありません。

 そう、ナチスはユダヤ人を憎悪するあまり、人間とは考えなくなり、モノや虫ケラ、ととらえるようになったのではないでしょうか。だから、あのような非道な扱いができたのかもしれません。ナチス指導部だけでなく、国民の多くも非道を知り、ユダヤ人排斥に加担していたことが、研究で指摘されます。

 ドイツの憎悪は、過激なナショナリズムとあいまって隣国への侵略を促し、第二次世界大戦を引き起こして多くの犠牲を出しました。」と指摘した。

 さらに続けて社説は、「戦後、欧州は欧州連合(EU)による統合を進め、域内の国同士で憎しみ合いが生じることのないような仕組みを作りました。しかし、移民として受け入れたイスラム教徒などとは十分融合することはできず、パリでのようなテロを引き起こしてしまいました。

 ナチスから逃れたユダヤ人らが建国したイスラエルは、中東に激しい憎悪をもたらしました。過激派が各地に台頭し欧米への憎悪をあおっています。日本人も人質に取ったとみられる「イスラム国」は不満を鬱積させた若者たちを戦闘員として集め、憎悪をテロという暴力で爆発させています。

 ナチスに勝利したはずの米国でも人種差別による事件が相次ぎ、テロ憎しから収容所では拷問ともいえる扱いが横行しました。

 日本の周辺では、欧州と違い、隣国が角突き合すとげとげしい関係すら改善できません。日本と、中国、韓国の国民は時に憎み合い、口汚くののしるヘイトスピーチまで飛び交っています。」と指摘した。

 最後に社説は、「激しさや度合いは違うとはいえ、異質な者への憎悪はそこら中にはびこっています。憎悪は、相手の痛みを思いやることをやめさせ、モノだからどんなひどいことをしてもいい、と考える「悪魔」を育てます。

恐らく、アウシュビッツでの非道まで、そんなに遠くはないでしょう。

 「悪魔」の養い手である憎悪。

 アウシュビッツは、その行き着く先を教える警告でもある、と考えたい。」と締めくくった。

 読んで考えさせられた。

 「「悪魔」いなくなったのだろうか。」、

 「アウシュビッツは、ナチスという特殊な政権下で成し得た一過性の非道だったのでしょうか。」、

 「ナチスはユダヤ人を憎悪するあまり、人間とは考えなくなり、モノや虫ケラ、ととらえるようになったのではないでしょうか。」、等の問いは、団体から一人抜けて「南京大虐殺」の記念館を訪れたときのことを思いだした。

そして、大陸で日本軍・日本人がなした「蛮行」を戦後ちょこっと聞いて、信じられない話であったことを思い出した。

 社説の指摘のようにナチスドイツでは「憎悪」が「悪魔」を育て、日本軍国主義では過激なナショナリズム(根拠の無い人種的優越感)が「悪魔」を育て、ユダヤ人や中国人を、モノや虫ケラ、と捉えるようになったのかもしれない、と考えさせられた。困ったことに、この悪魔は、一人一人の心に潜み、それが何かの拍子に連帯するときに大事件が起きているような気がしてきた。


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by sasakitosio | 2015-02-04 07:12 | 東京新聞を読んで | Trackback