憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

戦後70年のルネサンス

 1月1日付東京新聞社説に、「戦後70年のルネサンス」という見出しで、トマ・ピケティの「21世紀の資本」が載っていた。今日はこの社説に学ぶことにした。
 まず社説は、「貧困や格差が復活して独占資本や搾取の言葉も思い浮かぶグローバル経済の時代。ならば戦後70年の今年は人間回復のルネサンスにしたいものです。
 読みやすいものともいえない7百ページを超える経済学書が各紙の書評欄に掲載され、翻訳出版自体がニュースになりました。フランスの経済学者トマ・ピケティの「21世紀の資本」(みすず書房)です。
 世界的ベストセラー。この十年で最も重要な経済学書の惹句。だれもがグローバル経済の行方を懸念しているからなのでしょう。
 ピケティはグローバル経済を放置すれば百年前の極端な経済格差に逆戻りすると警告し、累進課税や国際協調のグローバル資本税の導入などを提言します。百年前の世界とは欧州で第一次世界大戦勃発、ロシアで革命、日本では河上肇の「貧乏物語」(岩波文庫)が新聞連載され、貧困が資本主義固有の病理として社会問題にされはじめた時代でした。
 河上博士にとって、経済学は富ではなく、論語のいう道を尋ねるもの。貧乏退治も人々が貧困によって道を聞く妨げにならないためでした。理想とした政治家は英国の宰相ロイド・ジョージでした。
 ロイド・ジョージは苦学力行の人。極貧の母子家庭に育ち、靴職人の叔父の金銭支援で弁護士から政治家への道を進みます。その経歴からでしょう、弱者のために立ち上がり、大蔵大臣時代は貧困との闘いの増税に取り組みます。英国を滅ぼす大敵はドイツではなく内なる貧困、すべての人が守に値する国にするのが最高の防衛との大演説をぶちます。
 資本家の貪欲とも戦いました。金鉱獲得のため英国がボーア人相手に起こした悪名高い南ア戦争では反対運動を展開。国民が戦争に熱狂、罵詈雑言を浴び、暴動が起こる中で堂々の非戦論。「彼ロイド・ジョージは勇者である」と河上博士を心服させています。」と教えてくれる。
 つづけて社説は、「国の所得配分機能や社会保障制度が整えられた現代が、戦争と革命の時代に戻るとは思われませんが、グローバル経済が労働分配率を削減して資本家に利益を独占させるシステムだとしたら現代は新帝国主義と貧乏物語の時代の色彩を帯びます。31歳のフリーターの論文「希望は戦争」が衝撃を与えたのは2007年でした。今労働状況はさらに厳しく、希望無き社会が極端な排外主義やヘイトスピーチになっているようです。
 資本から人間中心の社会を取りも出さなければなりません。経済学者や物理学者からは定常型社会が提唱されています。無理な成長を求めないゼロ成長の社会です。人口減と高齢化、エネルギー資源や環境の制約の中ではゼロ成長も容易ではないようですが、成長より社会の安定の価値転換が肝心。成長を超える人間中心の新しい社会への兆しもあるようです。
 戦後70年です。先の大戦を米国から強いられた「太平洋戦争」ではなく戦前の公称「大東亜戦争」と呼ぶべきだと主張したのは日本思想史研究の故松本健一氏でした。アジア解放の自衛戦争だったからというのではありません。太平洋戦争史観では「米国との戦争に敗れた」との認識にはなっても「中国との侵略戦争に敗れた」との意識が希薄になってしまうからだというのです。
再三の村山談話見直し論や日本の歴史認識が問題視されるのは戦争の呼称が影響のせいかもしれません。「日本人に中国に敗れたとの歴史認識はあるのか」と問われもするそうです。
 その大東亜戦争では310万人の日本人が犠牲になりました。軍人の死者は230万人、うち六割の140万人は国家に見捨てられての餓死だったことも忘れてはならないはずです。
 81歳の誕生日に際して天皇陛下は「日本が世界の中で安定した平和で健全な国として、近隣諸国はもとより、できるだけ多くの世界の国とともに支え合って歩んでいけるよう願っています」と述べられました。歴史認識などでの中韓との対立ときしみの中で、昭和を引き継ぎ国民のために祈る天皇の心からのお言葉でしょう。」とも教えてくれる。
 最後に社説は、「戦争での新聞の痛恨事は戦争を止めるどころか翼賛報道で戦争を煽り立てたことです。その反省に立っての新聞の戦後70年でした。世におもねず所信を貫いた言論人が少数でも存在したことが支えです。
 政治も経済も社会も人間のためのもの。私たち新聞もまた国民の側に立ち、権力を監視する義務と「いわねばならぬこと」を主張する責務を持ちます。その日々の営みが歴史の評価にも耐えうるものでありたいと願っています。」と締めくくった。
読んで、勉強になった。
 ロイド・ジョージの大演説「英国を滅ぼす大敵はドイツではなく内なる貧困、すべての人が守に値するよい国にするのが最高の防衛」は、今でも十分通用する。
 そして、あわせて、近隣諸国から「感謝・尊敬」される国にすることが、究極の国防ではないかという気がするが?
 また、「戦争での新聞の痛恨事は戦争を止めるどころか翼賛報道で戦争を煽り立てたことです」の一文を社説に見て、実にさわやかで潔さを感じた。そして、その反省の上に、新聞までが、翼賛報道に追い込まれた「戦前の社会状況」を決して再来させない唯一最大の方法は、平和憲法・日本国憲法を変えさせないことではないか? 
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by sasakitosio | 2015-01-07 06:42 | 東京新聞を読んで | Trackback