憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

いつまでも帰りたい国であって

12月21日付朝日新聞朝刊1面に、「日曜に想う」という欄がある。筆者は、特別編集委員・冨永格氏だ。今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「今月のはじめの7日間、取材と定期検診のため日本に滞在した。パリの空港で日本の飛行機に乗り込む際、客室乗務員のひと声に意表を突かれた。

「お帰りなさいませ」である。

 そうか、行くのではなく変えるんだと国籍をかみしめた。

 当たり前に意思が伝わる快感は1年ぶりのご褒美だ。地球のどこでも言葉に不自由しない米英人に、この安らぎは分かるまい。

 ひさしぶりに帰って、ああそうだったと思ったことが多々ある。住宅街には枯れ葉しか落ちていない。深い地下鉄駅では上りエスカレーターに整然と列が伸びる。空港の職員や店員に私語が少ない等々。それら「帰国して思い出したこと」を、会社の公式ツイッターでつづけてつぶやいた。出国の成田で記した47番目は、まとめを兼ねて「まだ捨てたもんじゃない日本」とした。

 多少の欧州ボケはあろうが、正直な感想、そして願望である。そこそこの国にいつでも帰れる安心感は、海外で暮らす者の心の支えなのだ。

 フランスにもどって飛行機を出る私の背を、弾んだ声がどんと押した。

 「行ってらっしゃいませ」」と教えてくれる。

 つづけて筆者は、「パリに帰・・・いや再び赴いて「横から目線」で日本を眺め直す。経済力、生活水準、民度に比べ、いかんせん政治が見劣りする。女性議員の少なさをはじめ、成熟には程遠い。衆院選で、その将来がいよいよ心配になった。

 投票率は52%台に沈み、前回に続き戦後最低を更新した。関心が薄いのか、選択肢が足りなかったのか、二人に一人の有権者が投票権を捨てた。半分の参政と、巨大与党の取り合わせ、緊張感のある政治はしばらく望めまい。

 低投票率には、構造的な理由が二つあるように思う。

 まずプレーヤー、政党と政治家だ。政策や路線でまとまっていないから、下野でタガが外れると離合集散の繰り返し。愛層も尽きる。僭越ながら公明、共産以外も主張ごとに固まってほしいし、環境政党があってもいい。野党は1年半後の参院選までに整理整頓しないと勝ち目がない。

 自民のリベラル勢が主張の近い野党に合流すれば、すっきりする。

 投票の足が鈍る原因はルール、選挙制度にもある。政界を二大政党制に再編すべく導入された小選挙区制だが、死票の山で第一党が太るだけでは投票のかいがない。今回の自民は議席の61%を占めた。安倍晋三首相は「国民の意思だ」と胸を張るけど、全有権者に対する絶対得票数は小選挙区で24%、比例区で17%ほどだ。

 いっそ完全比例代表制にすれば一票の格差もなくなる。ためしに、各党の自力に近い比例区での得票率で全議席を分けると、自民157、民主87、維新75、公明65、共産54、その他37。国民の意思は正味、この辺りにある。

 政策や路線ごとにまとまる党が、民意を映すルールの下で競い、必要に応じて手を結ぶ。この原点に返れば投票率は上がり、議会政治は生き返る。」と指摘した。

最後に筆者は、「若者が政治に白けた国では、次代のための策が後回しにされがちだ。どなたの至言だったか、政治に無関心でいられても、無関係ではいられない。

 仕事は安定せず、結婚もままならない。親世代の借金まで抱えては、礼節や共助に心割く余裕はなく、社会は底辺からすさんで行く。すでにヘイトスピーチに荒廃の兆しが見える。誇るべき都市の治安も揺らぐだろう。

 日本の魅力は、変化にとんだ国土、めりはりの利いた四季、そこに暮らす人々の織り成す共同作品だ。

 勤勉、穏やか、おもてなしといった良き伝統も生活の安定があればこそ。その環境を整えるのが為政者の役どころとなる。繰り返しになるが、幸せの土台である政治の成熟をいそがねばならない。

 わたしが大好きなのは、心優しき人々が平和に暮らす日本である。いつまでも「帰りたい国」であってほしい。」と締めくくった。

 「・・国籍をかみしめた。当たり前に意思が伝わる快感は1年ぶりのご褒美だ。」、「そこそこの国にいつでも帰れる安心感は、海外で暮らす者の心の支えなのだ」であらわされた筆者の感覚に、若々しさ、みずみずしさを感じさせられた

 筆者は低投票率の構造的理由を二つ、一つは政党と政治家、一つは選挙制度を上げ、政党のまとまりで公明党と共産党を評価し、選挙制度で完全比例代表制を提案されている。

 さて、筆者の「横から目線」、ならぬ「下から目線」で、公明党と共産党のまとまりの良さ、縛りの強さは、党を抜けた「元同志」への容赦にない酷い仕打ちを「過去にみて」、ここにあるかと自分で納得したことを思い出した。そのとき、この政党が「野党」でいる時はよいが、政権党になってもらっては、被支配者はたまったもんじゃないと思った。憲法で結社の自由があるわけだから、やはり野におけレンゲソウであって、被支配者の幸せに役立って、ほしいと思った事がある。

 人間、いつでも、どこでも、自由で居たい、その願望を否定するような「団体」は、理由のいかんを問わず、やはり権力の座につかない方が、被支配者・下から目線の者には幸せのような気がするが?

 また、選挙制度の改革については、できたら限りなく直接民主制に近いものにしてほしい。選挙を完全公営化し「誰でも。お金がなくても、有名でなくても、志さえあれば」、立候補でき、落選後も「現職復帰」を制度的に保障し、立候補の自由の拡大、落選のリスクの解消をはかり、政界へ優れた人材が集まるようにできないものか?


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by sasakitosio | 2014-12-24 06:58 | 朝日新聞を読んで | Trackback