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by sasakitosio

政治と金融 アベノミクスに始末をつけよ

 11月15日付朝日新聞社説下に、「ザ・コラム」という欄がある。筆者は、編集委員・駒野剛氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「経済全体を人体に例えれば、金融は血流だ。血圧が寒暖やストレスで上下するように、金融も社会に影響を受ける。とりわけ政治の動きに大きく作用する。

 大阪・御堂筋にそびえる地上27階の「本町ガーデンシティ」。米国の高級ホテルや日本料理の名店も入る風格あるビルのこの地に、かって中堅商社イトマンの本社があった。

 イトマンは住友銀行(現三井住友銀行)などから借りた1兆円余りを不動産や絵画につぎ込み、回収不能となる。戦後最大の経済事件とされ、故河村良彦社長ら6人が特別背任罪などに問われた。会社は1993年、住友グループの鉄鋼商社が吸収合併。本社ビルも人手にわたり、壊された。

 地上げ屋を経営陣に招くなど、自業自得の果てであった。ただ、住銀出身で金融に詳しい河村氏が漏らした言葉が記憶に残る。

 「長く金融の仕事をしたが、金余りの時に、高金利になるとは思わなかった。」

 90年を境に、日本はバブルの頂から転げおちる。バブルも異常だったが、その収縮もすさまじかった。景気のアクセルをふかせ続けていた政府・日銀は90年代初め、なぜ急ブレーキを踏んだのか。」と切り出した。

 つづけて筆者は、「元はといえば、円高誘導を決めた85年9月のプラザ合意である。景気対策で公定歩合が戦後最低の2.5%に引き下げられ、土地や株式の売買に火が着いた。

 「不動産なら厳密に審査もなく、金を貸す異常な時代でした」と、三和銀行(現三菱東京UFJ銀行)本店で支店営業を監督していた岡野義市さんは振り返る。

 85年秋の緊急融資は今も忘れない。後に大阪市開発公社が経営する駐車場の収益横領事件で中心人物となる財団法人理事長を担当していた。理事長から「午後3時までに20億円振り込んでくれや」と求められ、担保も返済計画もないまま、銀行の決済ルールを半ば飛び越し、貸し付けた。

 翌日、指定の大阪駅ビルに出向くと、担保として30億円分の仕手株が東京からヘリコプターで運ばれていた。

 「こんな融資は、今ではありえない。」

 狂乱を終わらせようと、政治が動く。

 中曽根康弘内閣の官房長官だった後藤田正晴は大蔵省(現財務省う)の銀行局長を何度も呼びつけ、バブルを「処置しろ」と繰り返した。だが、「腰が引けとったんだな。大蔵省の態度が本格的でなかった」(回顧録「情と理」から)。

 後藤田氏の志を89年8月に発足した海部俊樹内閣が具体化させる。海部氏は「若い人たちが家を持つ夢や希望を砕いてはいけない」と、橋本竜太郎蔵相に「勇気をもってやりなさい。結論を急いでほしい」と命じた。翌90年3月、大蔵省は銀行などに対し、不動産業向けの融資を押さえさせる「総量規制」の通達を出した。

 日銀も「鬼平」と呼ばれた三重野房康総裁の下、急速な引き締めに転じる。消滅したのはイトマンなどに限らない。金融機関は軒並み大量の不良債権を抱え、一般企業への貸し渋りが起きる。大手銀行、証券が破綻し、失われた10年へと続く。

 永田町の事務所に海部元首相を訪ねた。

 「総量規制自体は必要だったし、誤ってはいない。ただ生き残ってもいい金融機関が巻き込まれたうらみがある。」と話す。

 市場の暴走など、志を持った政治家が金融を動かすべき時がある。ただし、現実に応じた細心さを兼ね備えることが必要だ。」と指摘した。

 さらに筆者は、「アベノミクス第一の矢、「異次元の金融緩和」もまた、デフレ脱却を目指す政治家の志で、金融を人為的に操作する。ただし、「通貨の番人」である日銀に国債を大量に買わせることは、その独立性を損ないかねない禁じ手ギリギリの政策でもある。

 禁輸緩和や財政出動もしょせん時間稼ぎにすぎない。経済再生の本丸は成長戦略だが、ほぼ手つかずだ。追加緩和で株価は上がったが、実体経済は負の側面が目立ってきた。円安による原材料の値上がりは、中小企業や家計を直撃する恐れが強い。

 緩和も融資増につながらない。今年3月末の国内114銀行の預金と貸出金の差額は、前年同期比10兆円近く増え、224兆円(東京商工リサーチ調べ)になった。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「私は13年1月論説委員として「社説余滴」欄で「安倍さん、やってみなはれ」と激励した。しかし、時間を空費して本丸は攻め落とさず、負の側面が顕在するいま、不明を恥じ入り、激励も撤回する。

「やってみなはれ」はNHK連続テレビ小説「マッサン」に登場する鴨居欣次郎のモデルと目されるサントリー創業者、鳥井信治郎の挑戦者精神を示す言葉だ。

 鳥井とウイスキー事業を立ち上げ、ニッカウイスキーを創設するマッサンこと竹鶴正孝には、人為の限界をわきまえた名言がある。「ウイスキーの熟成を科学の力で早める試みは昔からあったが、すべて失敗している。自然と時だけがその解決者なのだ」

 金融を人為で動かす安倍さんも、限界の見えたアベノミクスに始末をつけなければならない。

 消費増税を延期したり、衆院を解散したりするのは失敗の糊塗にすぎない。」と厳しく指摘して締めくくった。

読んで大いに勉強になったし、感心もした。

 田中角栄の列島改造による「バブル」と、85年のプラザ合意以降の「バブル」を経験した者として、バブルへの理解が深まった気がした。

 「景気のアクセルをふかせ続けていた政府・日銀は90年代初め、なぜ急ブレーキを踏んだのか」、 

 「90年3月、大蔵省は銀行などに対し、不動産業向けの融資を押さえる「総量規制」の通達を出した。」、

 「日銀も、急速な引き締めに転じる。」。この後、不動産業界、金融業界に激変が生じ、身近な人々が悲劇に見舞われた。筆者の指摘を見て、そのことをあらためて思い出した。

 だから、日銀や銀行が金融緩和と言っても、バブルを目の当たりにした国民は、お金を借りて冒険はしないし、会社経営者は利益をしっかりストックしておいて、来るべき社会の危機に備えるはずだ。

 その意味で、筆者指摘の「金融緩和や財政出動もしょせんは時間稼ぎにすぎない。経済再生の本丸は成長戦略だが、ほぼ手つかずだ」の指摘は当たりすぎるほど当たっているような気がした。

 感心したのは、筆者が過去に安倍さんを激励したことを、「時間を空費して本丸は攻め落とさず、負の側面が顕在化するいま、不明を恥じ」激励を撤回するとした、筆者の誠実さだ。

 「金融を人為で動かす安倍さんも、限界が見えたアベノミクスに始末をつけなければならない」との筆者の主張はその通りだと思うが、その後はどんな経済状態が待っているのだろうか?過去の「バブル」崩壊と同じ悲喜劇がどこかで起きるのだろうか?そのことが心配だ。

 


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by sasakitosio | 2014-11-20 07:59 | 朝日新聞を読んで | Trackback