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by sasakitosio

壁崩壊から25年 終わらぬ自由への希求

11月14日付東京新聞社説に、「終わらぬ自由への希求」との見出しで、ベルリンの壁崩壊後のヨーロッパの事情が載った。今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「ベルリンの壁崩壊から25年、ドイツは統一、東欧諸国は続々、欧州連合(EU)に加盟した。EUとロシアのはざまウクライナでは緊張が続く。自由化を求める壁崩壊後の波及は続いている。

 ドイツ東部の古都ドレスデン近郊の町グラスヒュッテ。ザクセン王国の宮廷時計師が19世紀、工房を設け時計産業が栄えた。旧東独時代は国有化され衰退した。1989年11月9日のベルリンの壁崩壊後、時計メーカーが再興され、精密時計産業の集積地となった。同様によみがえった旧東独地域の産業はは多い。」と教えてくれる。

 つづけて社説は、「壁の崩壊は、共産政権だった東欧諸国の自由化、EU拡大にもつながり、ポーランドなど16か国が新規加盟した。自由化と裏腹に、治安悪化などを理由として拡大の動きに疑問の声もある。

 旧東独地域ブランデンブルグ州議会選では、単一通貨ユーロへの反対や移民規制を強化を掲げる政党「ドイツのための選択肢」が躍進した。

 ただ、同党への支持は広がらず、連邦議会(下院)に議席はない。

 壁崩壊後、同州政府がポーランドとの国境近くに開設した「欧州大学」では5千人のドイツ人とともにポーランド人学生7百人が学ぶ。ナチスによる侵略の歴史があったが、若い世代を中心に、対立や偏見はなくなりつつある。」と教えてくれる。

 さらに社説は、「EU加盟東欧諸国にもナショナリズムは残る。ハンガリーのオルバン首相は非自由主義を公言、強権姿勢を際立たせる。東欧でのこうした動きは初めてではない。

 ポーランドでも2005年、保守政権が愛国主義姿勢を強調したが、二年後の下院選で中道政党「市民プラネットフォーム」に敗れた。その党首だったトゥスク氏は来月からEU大統領を務める。

 壁崩壊後、自由や協調に逆行する政権が生まれても、長く支持を集めたことはない。不協和音や地域紛争はあったが、EU内の安定が続いていることを評価したい。」と教えてくれる。

 最後に社説は、「懸念されるのは、壁崩壊が波及した形で親欧米路線が進むウクライナをめぐる動きだ。反政府デモで今年二月、新ロシア政権が倒れたが、ロシアはクリミア半島を併合し東部地域に介入し、欧米とロシアとの対立は冷戦時代に戻ったとも指摘される。しかし、英独仏伊首脳の説得で、プーチン大統領もウクライナとの交渉の席に着いた。

 壁崩壊で「パンドラの箱」は開いたかも知れない。出てきた困難は多いが、EUの知恵と外交力が「希望」だ。」と締めくくった。

 若いころ、想像していなかった事件の一つが、ベルリンの壁崩壊だ。それが1989年11月9日だったとのこと。それに続く1991年12月25日のソ連崩壊も想定外の出来事だった。資本主義を乗り越え克服すると、宣伝されていたマルクス・レーニン思想への信頼が崩壊する契機でもあったと思う。社説指摘のように、EUの知恵と外交力に期待し、そこからグローバル化後の「人類の平和共存」の知恵がでる事を期待したくなった。


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by sasakitosio | 2014-11-17 08:03 | 東京新聞を読んで | Trackback