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by sasakitosio

川内原発 3.11前に戻るのか

 118日付東京新聞社説に、「3.11前に戻るのか 」という見出しで、川内原発のことが載った。今日はこの社説に学ぶことにした。

 まず社説は、「鹿児島県が同意して、手続き上、川内原発の稼働を妨げるものはない。ゼロから3.11以前へ。多くの疑問を残したままので、回帰を許すべきではない。

 何をそんなに急ぐのか。残された危険には目をつむり、不安の声に耳をふさいだままで、流れ作業のように淡々と、手続が進んだようにも見える。

 「安全性は確認された」と鹿児島県の伊藤祐一郎知事は言う。原子力規制委員会の審査書は、規制基準に適合すると認めただけである。田中俊一委員長も「安全を保証するものではない」と話しているではないか。

 「世界最高レベルの安全対策」とはいうが、未完成や計画段階にすぎないものも少なくない。

 知事は「住民には、公開の場で十分説明した」とも主張する。

 しかし、鹿児島県が先月、原発30キロ圏内の5市町を選らんで主催した、規制委による住民説明会の会場で「本当に安全なのか」「審査が不十分ではないか」といった不信や不満が相次いだ。

 再稼働への懸念を示す質問が司会者に遮られる場面もあった。なぜこんなに食い違うのか。

 「万一事故が起きた場合、政府が責任を持って対処する」鹿児島県の求めに応じ、政府が入れた一札である。

 だが、どのように責任を取るのかは、明らかにしていない。」と指摘した。

 つづけて社説は、「今年もあと2カ月足らず、何万という被災者が、放射能に故郷を追われて4度目の新年を迎えることになる。補償問題は一向に進展しない。

原子炉の中で溶け落ちた核燃料の取り出し作業は延期され、地下からわき出る汚染水さえ、いまだに止められない。繰り返す、原発事故の責任を負える人など、この世に存在しない。

 議会と知事は、川内原発の再稼働に同意した。だが、起動ボタンを押す前に、明確な答えを出すべき課題が少なくとも三つある。

 法的根拠はないものの、地元の同意が再稼働への最後の関門だとされている。

 第一に地元とはどこなのか。

 伊藤知事は「県と(原発が立地する)薩摩川内市だけで十分」というのがかねての持論である。

 「(原発による)苦労の度合いが違う」というんが理由である。気持ちはわからないでもない。

 原発事故の被害は広い範囲にわたり、長期に及ぶというのも、福島の貴重な教訓である。

 福島の事故を受け避難計画の策定など義務付けられる自治体が、原発の8~10キロ圏内から30キロ圏内に拡大された。

 福島の事故から二週間後、当時原子力委員長だった近藤俊介氏は、半径170キロ圏内でチェリノブイリ同様強制移住、250キロ圏内で避難が必要になるという「最悪のシナリオ」を用意した。

 原発事故の深刻な被害が及ぶ地域には、「地元」として再稼働を拒む権利があるはずだ。

 次に、火山のリスクである。

 九州は火山国日本を代表する火山地帯である。川内原発近くには、カルデラ(陥没地帯)が5カ所ある。巨大噴火の痕跡だ。

 約40キロ離れた姶良カルデラの噴火では、原発の敷地内に火砕流が到達していた恐れがある。

 ところが規制委は、巨大噴火は予知できるという九州電力の側の言い分を丸ごと受け入れてしまった。

 一方「巨大噴火の余地は不可能」というのが、専門家である火山噴火予知連絡会の見解である。

 これほどの対立を残したままで、火山対策を含めて安全と言い切る規制委の判断は、本当に科学的と言えるのか。

 適正な手続きと言えるのだろうか。

 三つ目は、避難計画の不備である。県の試算では、30キロ圏内、9市町村の住民が自動車で県外へ出るだけで、30時間近くかかってしまうという。

 入院患者や福祉施設の人々は、どうすればいいのだろうか。福島では、多くの要援護者が避難の際に命を落としているではないか。

 知事の自信と現場の不安。ここにも深い溝を残したままである。」と、指摘し、心配している。

 最後に社説は、「そもそも、新潟県の泉田裕彦知事が言うように、福島の事故原因は、まだ分かっていない。

 原因不明のまま動かすというのは、同じ事態が起きうることであり、対策が取れないということだ。

 根拠のない自信によって立つ再稼働。3.11以前への回帰であり、安全神話の復活である。

 川内をお手本に次は高浜、そして・・・。

 原発再稼働の扉をなし崩して開いてしまうことに、多くの国民は不安を抱いている。再生可能エネルギーという“国産”の代替手段はあるのに、である。」と締めくくった。

 社説の指摘、疑問、いらだちはすべて、理解出来た。

 特に、「残された危険に目をつむり、不安の声に耳をふさぎ、何をそんなに急ぐのか」の疑問、

 「何万と言う被災者が、放射能に故郷を追われて4年目、補償問題は一向に進展していない」のいらだち、

「原発事故の責任を負える人など、この世に存在しない。」との指摘、

 「原発事故の深刻な被害が及ぶ地域には、「地元」として再稼働を拒む権利があるはずだ。」の主張、

 「知事の自信と現場の不安。」で残る深い溝、

 「根拠のない自信によって立つ再稼働。3.11以前への回帰であり、安全神話の復活である。」の指摘、これらすべ当たっていることが怖い。

 そして、それを変えられるチャンスは、国政選挙で「自民党・公明党」政権を交代せせることしかなくなったような気がした。問題は、そのために何をするかだ?


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by sasakitosio | 2014-11-11 07:32 | 東京新聞を読んで | Trackback