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by sasakitosio

大学への脅迫 暴力は、許さない

 10月2日付朝日新聞社説に、「暴力は、許さない」と言う見出しで、北星学院大(札幌市)、帝塚山学院大(大阪市狭山市)への脅迫文についての記事が載った。今日はこの記事に学ぶことにした。
 まず社説は、「自由にものを言う。学びたいことを学ぶ。それらを暴力によって押しつぶそうとする行為は、許すわけにはいかない。
 かって慰安婦報道に関わった元朝日新聞記者が教授を務める帝塚山学院大(大阪狭山市)に9月、別の元記者が非常勤講師を務める北星学園大(札幌市)には5月と7月、それぞれ退職を要求し、応じなければ学生に危害を加えるという趣旨の脅迫文が届いた。警察が威力業務妨害の疑いで調べている。
 「元記者を辞めさせなければ学生に痛い目にあってもらう。釘を入れたガス爆弾を爆発させる」
 「元記者を辞めさせなければ天誅として学生を傷めつける」
 北星学園大には、「爆弾を仕掛ける」と言う内容の電話もあったという。
 攻撃の対象は元記者本人にとどまらない。家族までもがネット上に顔写真や実名をさらされ、「自殺するまで追い込むしかない」「日本から出て行け」などと書き込まれた。」と教えてくれる。
 つづけて社説は、「朝日新聞は8月、過去の慰安婦報道について、女性を強制連行したと証言した吉田清治氏(故人)に関する記事を取り消した。間違った記事を掲載してしまったことに対して多くの批判が寄せられており、真摯に受け止めている。
 しかし、だからと言って学生を「人質」に、気に入らない相手や、自分と異なる考えを持つ者を力づくで排除しようとする、そんな卑劣な行為を座視するわけにはいかない。このようなことを放任していては、民主主義社会の土台が掘り崩されてしまうだろう。
 「反日朝日は50年前にかえれ」。1987年5月3日、朝日新聞阪神支局に男が押し入り散弾銃を発砲、記者一人が殺害された。犯行声明に使われた「反日」は、当時あまり耳慣れない言葉だった。
 あれから27年。ネットや雑誌には「反日」、「売国奴」、「国賊」などの言葉が平然と躍っている。社会はますます寛容さを失い、異なる価値観に対して攻撃的になってはいないか。」と指摘した。
 最後に社説は、「意見を述べ合い、批判し合う自由こそが社会を強く、豊かにする。戦後70年をかけて日本が築きあげてきた、多様な言論や価値観が交錯する社会を守りたい、暴力に屈することの無い社会を作っていきたいと、改めて思う。
 朝日新聞への批判から逃げるつもりはない。しかし、暴力は許さないという思いは共にしてほしい。この社会の一人一人の自由を守るために。」と締めくくった。
 物事には、限度と言うものがある。それは同じ人間として、自分が受けても甘受できることが物事の限度である。
 このところの朝日新聞たたき、朝日の元記者に対する攻撃、ましてやその親族への攻撃は、明らかに「人間社会としての共存共栄」の限度をはるかに超えている。これは、社会の安全・秩序に関わる問題ではないか。言論の自由の「濫用」そのものではないか。
 国家が、国民統合の組織・団体として機能するためには、世論としても、国家権力としても、限度を超えた「朝日攻撃」を放置してはいけないし、社会の隅々からなくしなければならない、と思った。
 
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by sasakitosio | 2014-10-05 12:07 | 朝日新聞を読んで | Trackback