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by sasakitosio

貧困と市場の公準

 9月18日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という署名入り囲み記事がある。筆者は、法政大教授・竹田茂夫氏だ。今日は、このコラムに学ぶことにした。
 筆者は、「先月、「子供の貧困対策に関する大綱」が閣議決定された。だが、ひとり親世帯への児童扶養手当増額や給付型奨学金など、当事者の切実な要望は退けられ、既存の政策を寄せ集めて色をつけただけという形だ。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「先進国で最悪レベルの子供の貧困率(子ども6人に一人が、年収120万以下の家庭に暮らす)や、異例に高い50%以上の母子家庭貧困率が、今後さらに高まることは必至だ。財源難が表向きの理由だが、真の理由は別にある。
 市場で売れるものを持つ者だけが生き残れるという市場経済の公準は、「働かざる者、食うべからず」という価値観に内面化されて押し付けられる。生活保護バシングも同根だ。」と指摘した。
 さらに筆者は、「1999年、英国の労働党は子供の貧困を2010までに半減し、20年までに根絶するとの大胆な数値目標を打ち出した。福祉を詐欺や怠惰と同一視する中間層の支持を集めるためには「福祉から就労へ」を唱えて市場の公準を掲げることによって、初めて子供の貧困対策を提起できたわけだ。」と指摘した。
 最後に筆者は、「市場の公準だけでは社会は崩壊する。だから、対極にある公準、権利としての福祉(健康で文化的な最低限度の生活)は政治が保証すべきものだ。「子供たちとお母さん」は空想上の米軍帰還船にいるのではなく、現にわれわれに助けを求めている。」と締めくくった。
 読んで勉強になった。
 まず、「市場で売れるものを持つ者だけが生き残れるという市場経済の公準は、「働かざる者、食うべからず」という価値観に内面化されて押し付けられる。」、
 「英国では、「福祉から就労へ」を唱えて市場の公準を掲げることによって、初めて子供の貧困対策を提起できた。」、
 「市場の公準だけでは社会は崩壊する。」、等は知って、ためになった。
 そして、筆者の「対極にある公準、権利としての福祉(健康で文化的な最低限度の生活)は政治が保証すべきものだ。」との主張は、賛同できる。
 その上で、子供は人類共通の成長する「宝」「財産」であり、人間が発展的に生存し続けていくためには、子供の貧困解決は自然必然的な大人の義務であると、言うことはできないだろうか?そして、その義務は、大人がつくる社会・国家の義務でもあるということはできないものだろうか?
いわば子供の自然権的基本権といえないだろうか?
 
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by sasakitosio | 2014-09-20 06:33 | 東京新聞を読んで | Trackback