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by sasakitosio

国民が国の監視を

 9月15日付東京新聞朝刊6面に、「国民が国の監視を」のタイトルで、戦中の宗教統制のことが、署名入りのかこみ記事に載った。筆者は、小樽商科大教授・荻野富士夫さん(61)だ。今日はこの記事を学習することにした。
 筆者は、「宗教が弾圧の対象になったのは、神格化された天皇を中心とした戦時体制を国がつくるためだった。特高が摘発の根拠とした治安維持法は1925年に成立した当初、社会主義者や共産主義者らの取締りが目的だった。日中戦争の開戦が視野に入る1936年ごろから、キリスト教に矛先が向かった。平和を説く聖書の教えと戦争へ進もうとする国の方針が相いれなかったことや、敵国となる欧米由来だったためスパイを防ぐことが理由だった。
 治安維持法は「国体の変革」、つまり天皇中心の国家を否定することを禁止した法律。違反して逮捕され、拷問によって死亡したのは約200人、病気で獄中死したのが1500人とされる。共産党員への弾圧を批判したプロレタリア文学者の小林多喜二も33年特高の拷問で死亡した。治安維持法で送検されたのは7万人だが、送検されずに釈放された人を含めると逮捕者は数十万人に上るとみられる。」と指摘した。
 つづけて筆者は、「35年、民衆宗教の大本教に対する弾圧で、治安維持法が宗教団体に初めて適用された。教義が国体に反し、不敬思想だという理由だった。さらに国は40年の宗教団体法で、宗教団体を認可制にした。所管した文部省(当時)の思想統制部門には特高経験者が出向し、特高を所管した内務省の出先機関化していた。他の宗教が見せしめのように弾圧されたこともあり、プロテスタントが合同した日本基督教団をはじめ、各宗教団体のトップは組織を守るため戦争に協力した。」と教えてくれる。
 さらに筆者は、「 治安維持法は41年に大改正された。
 違反の拡大解釈が可能になり宗教団体に対する取り締まりが容易になったほか、刑期を終えた被告を引き続き拘留する「予防拘禁」も盛り込まれた。
 摘発の実績を挙げた特高警官たちは叙勲を受け、天皇から下賜金としてボーナスをもらった。「天皇の警察官」としての自負を強め、増長していった。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「31年の満州事変までは、国民にも民主的な機運があった。治安維持法の改正前に国民が声を上げ、適用を限定的にしていれば、宗教弾圧や思想統制がここまで進むことはなかったかもしれない。治安維持法と同様の拡大解釈の恐れがある特定秘密保護法が昨年成立したが、国民が運用を監視していくことが必要だ。」と結んだ。
 読んで勉強になった。
 特に、「31年の満州事変までは、国民にも民主的な機運があった。治安維持法の改正前に国民が声を上げ、適用を限定的にしていれば、宗教弾圧や思想統制がここまで進むことはなかったかもしてない。」との、「かも」は、特定秘密法・集団的自衛権行使容認の「今」を考える上に重要な指摘だと思った。
 治安維持法が25年に成立、41年に大改正され「違反の拡大解釈が可能になり宗教団体に対するん取締り」が容易になったほか、「予防拘禁」も盛り込まれたとのこと。
 社会変化のスピードが早い今日、不断に「国民が運用の監視」を続けることが必要だと改めて思った。
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by sasakitosio | 2014-09-18 20:21 | 東京新聞を読んで | Trackback