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by sasakitosio

訂正、遅きに失したのでは でも、朝日には周囲の批判を「天の声・国民の声と受け止め」精進してほしい

 9月4日付朝日新聞朝刊社説隣に、「池上彰の新聞ななめ読み」と言う署名入りのコラムがある。普段は池上彰氏を知りたいときは「テレビ」が見れるので、新聞のこのコーナーは読んではいない。が、最近の週刊誌や雑誌のなかで、鬼の首をとったように「朝日新聞に罵声」が浴びせられていることに、イヤーな予感を覚えていた。そこに、池上彰氏のコメントが載ったので、読んで勉強をすることにした。
 筆者は、「過ちがあったなら、訂正するのは当然。でも、遅きに失したのではないか。過ちがあれば、率直に認めること。でも、潔くないのではないか。過ちを訂正するなら、謝罪もするべきではないか。<中略>
 6日付紙面で、現代史家の奏郁彦氏は、朝日の検証について自己検証したことをまず、評価したい」と書いています。これはその通りですね。
 しかし、今頃やっとという思いがぬぐいきれません。今回の検証で「虚偽」と判断した人物の証言を掲載してから32年もたつからです。   <中略>
 ところが、この証言に疑問が出たのは、22年前のことでした。92年、産経新聞が、吉田氏の証言に疑問を投げかける記事を掲載したからです。 <中略>
 今回の検証は、自社の報道の過ちを認め、読者に報告しているのに、謝罪の言葉がありません。せっかく勇気を奮って訂正したのでしょうに、お詫びが無ければ、試みは台無しです。
 朝日の記事が間違っていたからと言って、「慰安婦」と呼ばれた女性たちがいたことは事実です。
 これを今後も報道することは大事なことです。
 でも、新聞記者は、事実の前で謙虚になるべきです。過ちは潔くみとめ、謝罪する。これは国と国の関係であっても、新聞記者のモラルとしても、同じことではないでしょうか。」と教えてくれる。
 読んで、池上氏の主張には、賛同する。
 そして、「記事が間違っていたからといって、「慰安婦」と呼ばれた女性たちがいたことは事実です。」との池上氏の指摘から見ると、「慰安婦」が存在しなかったわけではなかったのだ。もろもろの朝日批判の各紙の「見出し」を見ると、存在しなかった「慰安婦」が、朝日の記事で存在したことになった、そんな印象を私は間違ってもったことになる。これは大いに反省しなければならないことだった。
 池上氏に賛同した上で、最近の週刊誌での朝日たたきの異常性を感じている。
 むかし、国鉄民営化・国労潰しが、マスコミを通じて始まったことを思い出した。その後の労働運動に及ぼした影響は計り知れないような気がする。
 その経験を通して事態を見ると、 全国紙のなかでも、一番、特定秘密保護法・原発再稼働・集団的自衛権に批判的立場で論陣を張ってきている「朝日新聞」が、為政者・権力側には目の上のたんこぶのはずだ。この時期だから、朝日新聞には自らの重い社会的存在意義を深く自覚し、是非のメリハリをつけ、これからも被支配者の視点を貫いてほしいと思った。
 また、読者の一人として、池上氏の視点に立ったうえで、朝日新聞を購読し支援しつづけたいと思っている。
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by sasakitosio | 2014-09-05 19:37 | 朝日新聞を読んで | Trackback