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by sasakitosio

クルド3代の夢

 8月31日付東京新聞社説横に、「太郎の国際通信」という署名入りのかこみ記事がある。筆者は、ジャーナリスト・木村太郎氏だ。今日は、この記事に学ぶことにした。
 筆者は、「「彼の夢はしっかり受け継がれていたのか」 
 CNNニュースでイラク北部の戦闘を伝えるリポートを見ていた時のこと。イスラム教スンニ派の過激派組織「イスラム国」と戦っているクルド人部隊の若い司令官の顔に「マスール・バルサニ」とスーパー(字幕)されたのをみてそう思った。
 その「バルザニ」という名字に見覚えがあったからだ。調べてみると、やはりこの若き司令官の父はクルド自治政府のマスード・バルザニ議長で、祖父はクルド人の伝説的な指導者ムスタファ・バルザニ将軍だった。
 それは、いまから40年前に私が中東担当の特派員になったばかりの頃のことだ。北部のキルクークから山岳地帯に入って当時のイラク政府軍とクルド独立派との戦闘を取材した。
 戦闘そのものはイラク政府が圧倒していたが、同行したイラク軍将校はこういった。
 「バルザニがいる限りクルド人は油断できない」」と教えてくれる・
 つづけて筆者は、「クルド人は「世界最大の少数民族」と言われる。約3000万人がトルコ、イラク、イラン、シリアにまたがって山岳地帯に居住しているが、歴史的に周辺の大国の興亡に巻き込まれて翻弄されてきた。
 CNNニュースで紹介された若き司令官の祖父バルザニ将軍は、第二次大戦後にクルド民主党(KDP)を結成して独立運動を興し、当時のソ連やイラン、トルコなどの敵味方関係を巧みに利用してクルド人の勢力拡大をはかっていた。
 私が取材した時はイランの支援を受けてイラク内で戦っていたのだった。
 しかし、その後イランがイラクと和解するとバルザニは足がかりを失い、1979年失意のうちに米国で客死した。
 その後クルド人はイラクのフセイン大統領の毒ガス攻撃を受け5000人が殺害されたり、トルコではクルド語の使用が禁じられたり、シリアでは12万人のクルド人が市民権を剥奪されるなど迫害を受けてきた。
 イラク戦争でフセイン政権が倒されてた後ようやく北部に自治政府が設立されたが、あくまでもイラク中央政府の統治下にとどまっている。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「ところが、今回の「イスラム国」の攻撃で中央政府の弱体化が明白になると、頼りはクルド人と言うことになり、ことの成り行きによってはクルド人の独立国家設立と言うことも考えられる流れになってきた。
 さらにクルド人たちは、ただ独立の夢を見ているだけではなかった。近著のニューズレター「ワシントン・ウオッチ」は、クルド人たちがワシントンではトップ10に入る多額の費用を使って活発にロビー活動を行い、それがオバマ大統領の「イスラム国」空爆の決定にもつながったと伝えている。
 米国の支援で、バルザニ将軍の夢を実現することになのかもしれない。」と締めくくった。
 読んで、クルド人のことが少しわかった。
 ①世界最大の少数民族で、約3000万人がトルコ、イラク、シリアにまたがって山岳地帯に居住している」とのこと。
 ②「事の成り行きによっては、クルド人の独立国家と言うことも考えられる流れになってきた」とのこと。
 ③「クルド人たちがワシントンではトップ10に入る多額の費用を使って活発にロビー活動をしている」とのこと。
 すべて、新しい知識だ。中東は、イスラム国、クルド人の独立志向が新たな台風の目になりそうな気がしてきた。
これからの中東情勢の関係の新聞記事の理解が深まること間違いないと思った。
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by sasakitosio | 2014-09-04 07:58 | 東京新聞を読んで | Trackback