憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

犠牲者を悼むということ

 8月17日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という署名入りのかこみ記事がある。筆者は、法政大教授・山口二郎氏だ。今日は、この記事に学ぶことにした。
 筆者、「安倍晋三首相の下で8月を迎えることは苦痛である。広島、長崎の原爆忌の式典におけるあいさつで、彼はコピペの文章を読み上げた。彼の真意は、この二つの行事には嫌々参加していることを伝えたいという点にあったのだと思う。彼は靖国神社に祀られている戦没軍人には大いなる「尊崇」の念を訴えるのだが、眼前にいる被爆者には、「義理で付き合ってるんだよ」という尊大な態度をあらわにする。性格の悪いガキのような行動である。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「戦没軍人と被爆者(あるいは民間人犠牲者)を分けるのは、国家のために犠牲になったかどうかである。しかし、戦死者をそのように意味づけることは、むしろ戦死者の対する冒涜ではないか。
 理不尽な死を強いられたという点で、戦死した兵士も民間人も同じである。我々にできるのは、その無念と恐怖を想像し、死を悼むことだけである。」と指摘した。
 最後に筆者は、「戦争の犠牲者をどのように悼むのかは、戦後の日本がどのように生きて行くかという問いに直結する。8月15日はすべての戦争犠牲者を悼む日である。そのことを確認すれば、犠牲者に報いるために今を生きる我々が何を為すべきか、明らかとなる。外国の戦争に日本が参加して犠牲者を作り出すなど、論外である。来年戦後70年に向けて、この議論を続けていかなければならない。」と締めくくった。
 筆者の「8月15日はすべての戦争犠牲者を悼む日である。」との主張は、その通りだと思った。それと同時に戦争を主導的に進めた「為政者の責任を問う」日に是非したいと思った。
 日本を戦争に導いた「為政者の責任」を問い続けることは、次なる戦争を主導しようとする「為政者」に対する、最高の好戦抑止力になるような気がするが?
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by sasakitosio | 2014-08-21 07:15 | 東京新聞を読んで | Trackback