憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

戦後69年 抑えきれない怒りの行方

 8月16日付朝日新聞社説下に、「ザ・コラム」と言う署名入りの囲み記事がある。筆者は、大久保真紀(編集委員)氏だ。
 今日はこの記事を学習することにした。
 筆者は、「9日、長崎市で開かれた原爆犠牲者慰霊平和式典の会場にいた。台風11号の影響で時折強い風が吹く中、午前11時10分すぎ、被爆者代表が壇上で、「平和への誓い」を読み始めた。
 会場で配られた式次第に印刷されている文面を目で追っていると、異変が起きた。
 「今進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじった暴挙です」
 暴挙!?なんと強烈な表現なのだろう。式次第にあった文面「今、進められている集団的自衛権の行使容認は、武力で国民の平和を作ると言っていませんか」だった。
 異変は続く。「日本が戦争できる国になり、日本の平和を武力で守ろうというのですか。武器製造、武器輸出は戦争への道です。いったん戦争が始まると、戦争は戦争を呼びます。歴史が証明しているではありませんか」。文面にない怒りの言葉が被爆者代表の女性の口から発せられた。
 ここ数年、私は現地で式典を見てきた。事前に用意した「原稿通り」が普通だった。この日も、田上富久市長が「長崎平和宣言」を、来賓の安倍晋三首相があいさつを、配られた文面と一字一句違わず読み上げる。
 なぜ異変は起きたのだろう。式典後、「平和の誓い」を読み上げた被爆者代表の城臺美彌子さん(75)を、長崎市内の自宅に訪ねた。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「「黙っていられなかったんです」 城臺さんは、とっさの判断だったと打ち明けた。
  当日は、式典開始1時間半以上前に会場に到着。自席で待機しながら、昨年10月に被爆者代表になる打診を受けてからの日々を振り返っていた。特定秘密保護法の制定。原発再稼働や輸出に突っ走る政府。強調される中国脅威論。集団的自衛権の憲法解釈変更・・・。この1年、日本で起きたあまりに多くの異変。その一つひとつを思い浮かべていると、真正面の来賓席に入ってくる政治家たちの姿が見えた。
 公明党の山口代表が歩いてきた。
 「平和の党と言いながら、結局、集団的自衛権の解釈変更に賛成したのよね」。
 民主党の海江田代表も来た。「もう少し国民が民主党政権を我慢しなければいけなかったわね」・・・ほかの党の党首、大臣らが続き、最後に入ってきたのが、安倍首相だった。
 「ムラムラと怒りがわき上がってきたんです」。
用意した文面は市役所職員と詰めて考えたものだったが、ここは、被爆者代表として面と向かって抗議しなくては。
 そう腹をくくったというのだ。
 城臺さんは6歳のとき、爆心地から2.4キロの自宅で被曝した。近所の友人たちは成人後にがんなどで次々となくなった。38年間小学校の教壇に立ち、16年前から語り部を続ける。孫が7人いる。孫世代の子供たちを戦場に送ったり、戦禍に巻き込ませたりすることはあってはならない」
 式典後、城臺さんの自宅の電話や携帯電話は鳴りっぱなしだった。
 「私たちの気持ちをよくぞ言ってくれた」。
 被爆者仲間や全国から「感動した」との声が相次いだ。」と教えてくれる。
 さらに筆者は、「ふと、ある詩が思い浮かんだ。
 ふたりのこどもを くににあげ
 のこりしかぞくは なきぐらし
 よそのわかしゅう みるにつけ
 うづのわかしゅう いまごろは
 さいのかわらで こいしつみ
 山形県上山市在住の農民詩人木村迪男さん(78)の詩集「わが8月15日」に収録されている歌だ。木村さんの祖母が、戦後、突然歌いだした歌を、「祖母の歌」として記録したものだ。
 祖母は「皇国の母」だった。次男が太平洋の孤島で戦死したことが伝えられたときは、「名誉の戦死」として赤飯を炊いて祝った。だが、1946年5月、木村さんの父で、農家の跡取り息子だった長男が出征先の中国ですでに病死していたことがわかると、一転した。蚕室に3日3晩こもって泣き明かし、その後、ご詠歌の節回しで即興的に歌い始めた。蚕の世話をしながら、祖母は10年、呪うように歌い続けた。
 祖母は字が書けなかった。「祖母の思いを受け継ぐのはオレだ」。そう思った木村さんは、死期が迫る祖母の枕もとで、恨み歌を次々と書き取った。
 昨年まで5年近く、木村さんは山縣県の遺族会会長を務めた。「いまの日本の状況は慙愧に堪えない。」と怒りをあらわにし、「日の丸は嫌いだ」と公言する。
 祖母の残したなかに、こんな歌がある。
 にほんのひのまる
 なだてあがい
 かえらぬ
 おらがむすこの ちであがい
 この怒りを、理解できますか。」と教えてくれる。
 すごいキジだった。筆者の筆の力もあったと思うが、城臺美彌子さんの気持ち、10年恨み歌を歌い続けた木村迪男さんの祖母の気持ちがストーンと腹の底に落ちた。
 特に、城臺さんの「ムラムラと怒りがわき上がってきたんです」は共鳴した。麻生元総理、菅元総理、鳩山元総理、野田元総理等の内閣末期、そして安倍現総理の顔がテレビに出ると、腹立たしくて、直ぐチャンネルを変えてしまいました。
 しかし、後刻のニュースでこの時の参加者の表情を見れなかったのが重ね重ね残念でした。
また、木村迪男さんの「祖母の歌」
 にほんのひのまる
 なだてあがい
 かえらぬ
 おらがむすこの ちであがい
 母親の怒りが伝わります。また、山縣県の遺族会長も務めた木村義男さんは「日の丸は嫌いだ」と公言する。残された子供の怒りは、同世代として、この怒りも伝わってくる。
 いかなる事態が生じても、国家間の争い「戦争」をしないで済ますことが、「為政者が命がけで」する仕事なのだと、あらためて思った。
 
 
 
 
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by sasakitosio | 2014-08-19 07:35 | 朝日新聞を読んで | Trackback