憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

日本の歩み世界史に問う

 8月12日朝日新聞朝刊1面に、「日本の歩み世界史に問う」の見出しで、編集委員・三浦俊章氏の署名記事が載った。
 今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「戦後は来年70年だ。あのときの小学(国民学校)1年生は既に喜寿を迎え、20歳の若者は90歳になる。
 日本はその間に、闇市の時代から高度成長を経て、少子高齢化社会に突入した。その長い時代をひとまとめに戦後と呼んでいる。
 今でも「戦後何年」という言い方をするのは、戦争に敗れて、民主主義国家として再出発したあの経験が、私たちの社会の原点だからである。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「米歴史学者ジョン・ダワー氏の代表作に「敗北を抱きしめて」がある。日本の民衆が「敗北」を受け入れたうえで、平和と改革への希望を胸に再出発する姿を生き生きと描いている。
 再出発は混乱の中で始まった。国内には戦前の体制をできるだけ守ろうとする勢力もあった。米国も当初は、民主化・非軍事化に力を入れたが、冷戦が始まると、保守政権をささえ、経済復興に舵を切った。
 様々な流れがぶつかり合い、矛盾を内部に抱えたまま戦後日本ができた。
 経済成長は実現した。人権保障も進んだ。日本に関する限り平和も続いた。」と教えてくれる。
 さらに筆者は、「しかし、戦後が「成功」した分、歴史に対する見方にあいまいさが残った。
 周辺国との関係改善なしに国際社会への復帰が難しかったドイツと対照的に、日本は米国を向いていればよかった。保守政権も、戦争責任への対応は、必ずしも明確でなかった。
 その流れは今も残る。安倍晋三首相のとなえる「戦後レジュームからの脱却」も、右派に根強い自主憲法制定論も、歴史の評価にかかわる主張である。
 「戦前」と「戦後」で何が続き、何が切れているのか。国民の間に明確な合意といったものはない。
 国際政治が東西対立で説明できた時代、日本の経済大国の地位が盤石だった時代は、そのあいまいさは大きな問題にならなかった。
 だが、冷戦後の世界の激動の中で、各国のナショナリズムが頭をもたげてきた。経済や情報がやすやすと国境を越える時代に、国家の足元が切り崩されていると、危機感を持つ人たちが表れた。
 歴史は、国家のアイデンティティーの問題となった。東アジアは特にその傾向が著しい。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「戦後70年、過去はゆったりと回顧できる記念年ではない。世界はどのように変わりつつあるのか。なぜ歴史が再び問われるのが。独りよがりな一国史観でなく、グローバルな世界史の文脈で、日本の歩みを見つめなおし、進むべき道を考える機会にしたい。」と締めくくった。
 筆者の、状況認識は大いに共鳴できる、とおもった。
 趣味で、ここ十数年、アメリカのニューヨークを皮切りに、昨年のブッタガヤまで、年末年始にかけて外国一人旅をしている。歴史と自然は輸入できない。映像や写真集では他人の視点・思想というフィルター越しなのでは臨場感にかける。
 そこで、動物である自分が現場に出向き、街の中を朝早くから、夜暗くなるまで、町の隅々をあるきまわり、そこに住む「歴史的栄光を浴びた」人々の末裔の様子をじっくり観察してきた。いずこの人びとも、皆が皆、平和な暮らしを願っていると思った。戦争をしたがっている人はいなかったような気がする。準備に怠りないのは、イスラエルだと思ったが。
 自然の豊かさと、治安の良さと、食材や料理の多様さ、おいしさ、文化の多様さは、今の日本に生まれて育ってよかったと、いつも親をはじめ自分の周りの衆生に感謝している。
 とりわけ、平和憲法の下で、育ち、仕事をし、老後を迎えることができたことは、世界人類の中でも、歴史上の日本人のなかでも、極めてラッキーだったと思っている。
 朝日新聞が、来年の8月まで、「戦後70年」を連載するとのこと、楽しみにしている。
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by sasakitosio | 2014-08-15 07:13 | 朝日新聞を読んで | Trackback