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by sasakitosio

「聖戦」史観

 8月12日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という署名入りのかこみ記事がある。筆者は、ルポライター・鎌田慧氏だ。今日は、この記事に学ぶことにした。
 筆者は、「先日、夜。たまたま靖国神社の前を通りかかると、若者たちが道端にあふれていて目を奪われた。英霊が蘇ったのか、と思った。映画のような幻想的なシーンだった。
 2.3日して知人にきくと、「あぁ、みたままつりだよ。お盆のような仏教的行事だ」とこともなげにいった。神道なのに、と疑問が頭をかすめた。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「8月15日、安倍さんや大臣たちはまたお詣りに出かけるのだろうか。
 安倍さんは迷っているのだろうが、これ以上中韓の人びとの感情を踏みつけてもらいたくない。
 8月出版されたばかりの内田雅敏弁護士の「靖国参拝の何が問題か」によると、靖国神社発行のパンフレットにこう書かれているそうだ。「日本の独立をしっかりと守り、平和な国として、周りのアジアの国々と共に栄えていくためには、闘わなければならなかったのです」。まるで集団的自衛権行使を認めた安倍さんとおなじ言い方だ。「聖戦」史観である。」と教えてくれる。
 さらに筆者は、「付属施設の「遊就館」に飾られている、人間魚雷などの特攻兵器を見るだけでも、英霊に祀り上げられた若者たちの、絶望的な、無惨な死を想像させられる。
アジアで2000万人、日本で310万人が亡くなった。その戦争のどこを讃えることができるのか。
 お祭り騒ぎは決して追悼ではない。8月15日は、殺した人々と殺された人々を静かに偲ぶ日のはずだ。」と締めくくった。
 よんで不思議な気がした。靖国神社発行のパンフレットに「日本の独立をしっかりと守り、平和な国として、まわりのアジアの国々と共に栄えていくためには戦わなければならなかったのです」とかいてあり、現にそれが配布されているらしい。思想信条の自由、表現の自由があるとはいえ、靖国神社ってなんなの?
 戦前の政府が戦争に突入する「大義名分」を、その戦争でアジアの人々に多大な犠牲を強い、死んでいった「230万の日本の兵士」の御霊に、いまも言い続けることの「不自然さ・非礼」は全く理解できない。 このような靖国神社だから、安倍総理ほか参拝する閣僚が、いかに真摯に戦争の犠牲者にお詫びの祈りをしたといっても、中韓に不快な感情を呼び起こすのだろう、と思った。
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by sasakitosio | 2014-08-15 06:47 | 東京新聞を読んで | Trackback