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by sasakitosio

暴力続く中東 「世界」への憎しみが広がる

 8月10日付朝日新聞社説下に、「風」という署名入りのかこみ記事がある。筆者は、中東アフリカ総局長・川上泰徳氏だ。今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「1か月続いたイスラエル軍のガザ攻撃で、カイロに住むパレスチナの知人は疲れ切った表情だった。死者が1500人を超えたガザに大学生の息子(19)が残っている。
 息子から来たメールに「僕の命は2秒の間にある」とあった。ミサイルが次々と飛来し、上空で「ビュー」と空気を切る音が聞こえる。地上で爆発音がするまでぐっと息を殺す日々の実感である。
 息子は攻撃が始まったころは「絶対に屈しない」と高揚し、イスラム組織ハマスを支持し、穏健派のパレスチナ自治政府のアッバス議長に批判的だった。その後、停戦を拒み、市民の犠牲を顧みないハマスを批判し始めた。
 最近のメールでは「僕はイスラエルも自治政府もハマスも国際社会もすべてを憎む。パレスチナ人が世界に報復するようになっても、誰も文句は言えない」とあった。
 彼はため息をつき、「息子は絶望している。民衆を追い詰め、世界さえも憎むようにする。それがイスラエルの狙いなのだろう。」とかたった。」と教えてくれる。
 つづけて筆者は、「民間人への攻撃は国際人権法のジュネーブ条約で禁じられている。しかし、そのルールはまるでガザには適用されないかのようだ。犠牲者がイスラム教徒だからか。これでは彼らが「世界」を憎むのを止めることができない。
 反欧米の動きはすでに中東で表れている。6月、アルカイダ系のイスラム過激派」がシリアからイラクにまたがるスンニ派地域で「イスラム国」を宣言した。支配下の都市ではキリスト教徒が「改宗か、納税か、死か」と選択を迫られ、多くが故郷を捨てた。
 イラク北部の難民キャンプを取材した際、避難民の男性が「私のおいが過激派に入っている。8割はイラク人の若者たちだ。」と言った。過激派が制圧したスンニ派地域は旧イラク軍の主力だった。住民の協力なしに外部勢力だけで支配するのは困難である。
 「イスラム国」の出現は、「自由と民主主義」を掲げながら結局は国を荒廃させた米国によるイラク戦争の帰結と考えざるを得ない。民衆が立ちあがった「アラブの春」がシリアでついえた結果でもある。アサド政権の武力行使で民衆が死に、難民化しても、国際社会の対応は鈍かった。
 1月に内戦終結を探ったジュネーブ会議は成果なく終わった。反体制派支持の米国と政権支持のロシアの間で相互に協力する機運は生じず、国際会議はショーと化した。民主化や和解と言う言葉は絵に描いた餅にすぎなかった。
 アラブの春以後の混乱を体現するもう一つの国は、クーデターでイスラム系の大統領が追われたエジプトである。
 昨夏、軍政反対のデモが治安部隊により武力排除され、600人以上が死亡した。事件は14日で1年を迎える。
 私は銃撃音が響く現場わきの病院で50体近い遺体が床に並べられているのを見た。病院職員が黒く焼けた遺体を「これは女性だ」と言った。いまでも目を閉じると、その場面がよみがえってくる。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「国内外の人権団体はデモ参加者の多くが丸腰だったと報告する。その後、イスラム組織の関係者1万人以上が逮捕され、数百人は弁護人の陳述もなく死刑判決を受けた。
 選挙で選ばれた大統領が軍に排除されても、民主主義の否定や深刻な政治弾圧に日本を含め欧米の反応は鈍い。中東で「世界」を敵視する動きが広がらないかと危惧する。」と締めくくった。」
 記事を読んで、新たに知って驚いたことが、
 ①「筆者の友人の「ガザで大学生の息子(19)」が「僕はイスラエルも自治政府もハマスも国際社会も、すべてを憎む。パレスチナ人が世界に報復するようになっても、誰も文句は言えない」と親に対するメールでいって来た」とのこと、
 ②「「イスラム国」の支配下の都市ではキリスト教徒が「改宗か、納税か、死か」と選択を迫られ、多くが故郷を捨てた」とのこと、
 ③筆者は「「イスラム国」の出現は「自由と民主主義」を掲げながら結局は国を荒廃させた米国によるイラク戦争の帰結と考えざるを得ない」と指摘していること、
 ④「アサド政権の武力行使で民衆が死に、難民化しても、国際社会の対応は鈍かった」とのこと。
 ⑤「エジプトで、選挙で選ばれた大統領が軍に排除されても、民主主義の否定や深刻な政治弾圧に日本を含め欧米の反応は鈍い。」とのこと、
 ⑥筆者は、「中東で「世界」敵視する動きが広がらないかと危惧している」とのこと、等々である。
 筆者が現地からの報道をしてくれたおかげで、上記の事実や記者の認識を知ることができた。
 ただ、このままだと、報復の連鎖が止まらないと思った。
報復の連鎖を止めるのには、まず、武力紛争を止めなければならない。エジプトとアメリカが努力している。
 それと合わせて、紛争当事国へ武器弾薬を企業も国家も供与してはいけない。いづれの国家も、紛争当事国の一方に、経済的・軍事手的援助をしてはいけない。などの国際的取り決めが不可欠だと思った。誰ができるか、誰がするか、誰が救世主なのかが問題だが?それが出来なければ、報復の連鎖は、人類の滅亡まで続くしかないのではないか?
 その上で、報復の連鎖を止めるヒントになるのが、「ノーモアヒロシマ」ではないか。
 そこには、加害者を憎まず、恨まず、恕すことが根底にあり、二度と同じことを繰り返さない「誓い」が被害者の心底にあるような気がする。
 アメリカのアリゾナ記念館に、「禎子の折り鶴」が常設展示されたことこそ、本当は人類が平和を希求しているあかしではないか?
 世界を憎みたくなる、事情も、心情もなくならないかもしれないが、「世界を憎みたくなった人々」は、是非「日本へ、広島へ」きてみたらいかがでしょうか?
 何事も、自分以外の他人のせいにしていては、真の解決は訪れないのではないでしょうか? 
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by sasakitosio | 2014-08-13 07:52 | 朝日新聞を読んで | Trackback