憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

曖昧さを一掃する国家主義

 7月27日付東京新聞朝刊4面に、「時代を読む」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、立教大学大学院教授で哲学者・内山節氏だ。今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「はじめて日本を訪れた外国人のなかには、はじめは日本の人びとの信仰心の篤さに驚く人がよくいる。どこへ行ってもお寺や神社がある。ところがしばらくするとわけがわからなくなる。仏教についても神道についても、日本の人びとは何も知らない。それなのになぜこれほど多くのお寺や神社が維持されているのか。
 すべてのことを論理的に説明しようとした、とりわけ欧米の人達には理解しにくいかもしれないが、日本の人間たちは曖昧さを大事にしてきたのである。曖昧さに、ほど良さを感じる文化、とでもいえばよいだろうか。それが短歌や俳句を生み出し、曖昧さを緩衝帯として用いる人間関係などを生み出すことにもなった。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「そういう風土を持っているから、戦後の日本をみても、政治も企業経営も、ある種の曖昧さが存在していた。たとえば日本の政治的支配権は誰が持っているのか問うてみよう。憲法上では国民主権だから、国民が支配権を持っていることになる。しかしそれをまともに信じている人も少ないだろう。とするとだれなのか。首相なのか、政権なのか、国会議員なのか、あるいは官僚や政財界、経済界とつながった族議員なのか。
 企業を見ても、実質的な支配権を持っているのは代表権のある社長などなのか、取締役会なのか、株主なのか、それとも中間管理職たちなのか、最終的には消費者なのか。どこが実質的な支配権をもっているのかは曖昧だった。
 ところがこの曖昧さのもとで戦後民主主義や平和主義が展開し、日本の企業活力がつくられてきたのである。民主主義には理想の制度があるわけではない。誰かに権力が集中せず、絶えず批判や異論が生まれて、お互いをけん制し合うという状態とともに展開するものである。
 とすると曖昧さが民主主義を支えてきたことになる。」と教えてくれる。
 さらに筆者は、「今日の日本の政権が目指しているものは、この曖昧さの一掃である。政治においても企業経営においても、誰が支配権をもっているのかを明確にしようとする動きが続いている。企業から見れば株主の支配権を明確にしながら、経営トップの方針に従業員は従うという形がつくられ、この変化が、経営方針のもとで使い捨てられる人々を増やしてしまった。
 政治でも同じことが進められている。日本の支配権を持つのは大統領権限をもつ首相であり、その命令下で動く政権であり、しかも政権は憲法にも縛られずに、憲法解釈を自由に変えることができる。そういうことを目指しているのだろうということがわかったのが、集団的自衛権をめぐる憲法解釈の変更であった。
 戦後の日本は国家とは何かもまた曖昧だった。それぞれがさまざまな国家観を持っていたと言ってもよい。この曖昧さを一掃し、国家観を明確かする。このような方向で今日の政治は進められているのだから、それは曖昧さとともに展開してきた民主主義や平和主義の否定という性格をももっている。
 戦後の平和もまた、戦争と平和に関する支配権を政府がもっているのか、国連や米国なのか、世論なのかよく分からないほど曖昧さと共に展開してきたのである。」と教えてくれる
 最後に筆者は。「戦前の日本は国家や企業経営をみても、農村の地主制度をみても、支配権がどこにあるかが明確な社会だった。そしてこの社会の結果は戦争と敗戦だった。」と締めくくった。
 よんで、すこし混乱している。
 筆者の指摘する、
 「日本の人間たちは曖昧さを大事にしてきたのである」、
 「戦後の日本をみても、政治的にも企業経営にも、ある種の曖昧さが存在していた」、
 「この曖昧さのもとで戦後民主主義や平和主義が展開し、日本の企業活力がつくられたのである。」、
 「今の日本の政権が目指しているものは、この曖昧さの一掃である。」、
 「それは曖昧さとともに展開してきた民主主義や平和主義の否定と言う性格をももっている。」、
 「戦前の日本は国家や企業経営をみても、農村の地主制度を見ても、支配権がどこにあるかが明確な社会だった。そして、この社会の結果は戦争と敗北だった」、等は、おおむね納得する。が、曖昧さに良さを感じる国民だから、戦争責任も原発事故の責任も、誰もとろうとしないのではないかとかねがね思っていた。だから、筆者の「戦前は支配権がどこにあるか明確な社会だった」とすれば、戦争責任の取り方の曖昧さは何だったのだろうか?新たな疑問が湧いてきた。
 
[PR]
トラックバックURL : http://sasakitosi.exblog.jp/tb/20963963
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
by sasakitosio | 2014-07-31 19:28 | 東京新聞を読んで | Trackback