憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

手のひらの上の香港

 7月22日東京新聞朝刊9面に、「論説委員のワールド観望」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、上海在住・加藤直人氏だ。今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「香港が大揺れである。
 7月1日の返還変化記念日に毎年開かれる大規模デモで、行政長官の普通選挙を求める史上最多の51万人(主催者)が参加し、5人が逮捕されるという異例の事態になった。
 香港の自由な言論空間は確実に狭められている。
 デモの規模は2013年43万人を上回り、国家安全条例制定への反対が焦点となった03年の50万人も越えた。デモに参加した男性は「香港人が自治に参加できる機会が確実に減っている」と不満を漏らした。
 中国政府が6月10日に公表した「香港の一国両制についての白書」が香港人の危機感を募らせた。香港の「高度な自治」について「完全な自治でも分権でもなく、中央が授権した地方の事務管理権である」とし、中央が“本音”を現したようだ。
 1997年の香港返還の際、中国は50年間は香港の社会、経済、生活様式を変えない「一国両制」を守り、香港基本法が「高度な自治」を保障するとした。白書の公表やデモ主導者の逮捕などは、この”確約“が事実上なし崩しにされていると、香港で受け止められている。
 高度な自治の根幹を支えるのが言論の自由である。香港人が享受してきた言論の自由が、大陸流の“管理された言論の自由”に変質されかねないとの危機感が、現在の香港を覆っている。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「近年、中国大陸のネット上では「話語権」という言葉をよく目にする。社会への影響力がある政治的な発言と言う文脈で用いられることが多く、単なる「発言権」よりも積極的な意味を持つ。
 大陸で官僚や学者ら知識人のみが「話語権」を行使する。
 香港では「話語権」は空気のように当たり前だった。だが、それが封じられ、中国憲法が「国家、社会、集団の利益を損なわない限り」で認めるとする「発言権」の枠に閉じ込められてしまいかねないというのが、今の香港人の不安と反発の根源であろう。
 現にデモについて「真の普通選挙を求める最多のデモ」と報じた香港紙の見出しが、編集担当の鶴の一声で「警察がデモに続く座り込みを排除した」と、当局よりの目線の報道に差し替えられた。
 中国中央という“お釈迦様”は香港と言う“孫悟空“が一線を越えないよう頭に締め付ける鉄輪をはめ、筋斗雲で飛び回れる範囲を、手のひらの上に限ろうとしているようでもある。」 と指摘した。
 最後に筆者は、「人民日報傘下の環球時報社説は、香港人の政治的発言を容認するとしたうえで、こうクギを刺した。「法治こそが香港の依拠すべきものであり、それを奪い去る者はだれであれ罪人、はなはだしくは敵となるのだ」
 だが、その中国流「法治」に共産党一党独裁の下での限界があることを敏感に感じ取っているがゆえに、多くの香港人は手のひらの上の“孫悟空”になりたくないのであろう。」と締めくくった。
 読んで勉強になった。
 新しい知識となったのは、以下のことだ。
 ①香港では、50万人を超える人々がデモに参加できること。
 ②中国政府が6月10日に公表した「香港の一国両制についての白書」で、香港の「高度な自治」について、「完全な自治でも分権でもなく、中央が授権した地方の事務管理権である」としたこと。
 ③人民日報傘下の環球時報社説が、香港人の政治的発言を容認するとした上で、こうクギ刺した。「法治こそが香港の依拠すべきものであり、それを奪い去る者は誰であれ香港の罪人、甚だしくは敵となるのだ」、とのこと。
 次に感じたことは、 「中国の民主化、共産党一党独裁の崩壊は近い将来必ず起こると思うが、その時、香港は、民主主義体制」になる一番手になりそうだということだ。
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by sasakitosio | 2014-07-27 15:40 | 東京新聞を読んで | Trackback