憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

平和宣言の原点に返れば

 7月22日朝日新聞社説下に、「社説余滴」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、社会社説担当・加戸靖史氏だ。今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「集団的自衛権の行使を閣議決定で認めた安倍政権にどう向き合うのか。8月の原爆の日に広島、長崎両市長がだす平和宣言をめぐり、議論が高まっている。
 松井一実広島市長は14日、宣言で集団的自衛権の問題に触れないと表明した。被爆者を含む懇談会に諮り、「憲法の平和主義の記述があればいい」と結論したという。
 長崎市でも、被爆者や有識者でつくる平和宣言文起草委員会で最大の焦点になった。
 行使容認にはっきり反対すべきだとの意見が大勢を占めたが、市が今月示した最終の文案には明記されなかった。
 翻意を求める声にも、田上富久市長は「慎重に検討する」と答えるばかりだった。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「田上氏は昨夏、参列の安倍晋三総理を前に「被爆国としての原点に返ることを求めます」と宣言で強調し、核をめぐる政権の姿勢を批判した。
 なぜ今年は及び腰なのか。
 田上氏は「核兵器廃絶にはコンセンサス(意見の一致)があるが、安全保障についてはさまざまな意見があるから」と説明した。
 中国、北朝鮮の脅威を背景に、集団的自衛権の行使容認を支持する世論も根強い。両市長が慎重になる気持ちもわからなくはない。
 ただここで、平和宣言の原点を考えてみたい。
 被爆2年後の1947年、浜井信三広島市長は初めての平和宣言でこう述べた。
 「戦争を根本的に否定し、最も熱烈に平和を希求する」
 「この地上より戦争の恐怖と罪悪とを抹殺して真実の平和を確立しよう」
 長崎も「我々は大胆率直に戦争絶対反対を叫び、平和憲法を守り」(51年)などと訴えた。
 つまり宣言は、原爆の惨禍をもたらした戦争の絶対否定から出発した。討えが核兵器廃絶に傾斜していくのは、米ソの核軍拡への危機が強まった50年代後半からだ。」と指摘した。
 最後に筆者は、「集団的自衛権の行使容認で、自衛隊が武力紛争にかかわる恐れは強まる。この国が直面しかねない危機を素通りした「平和宣言」は、十分な訴求力をもつだろうか。
 被爆者で、長崎の起草委員も務める土山秀夫元長崎大学長(89)は「被爆地には義務がある」と言う。「国家の犠牲になり、無念を抱えて死んだ人たちに成り代わり、言いにくいことでも国に言っていかなければならないのです」
 両市長は今一度、この重い義務を考えてもらいたい。」と締めくくった。
 読んで勉強になった。
 1つは、1947年浜井信三広島市長が初めての平和宣言で、「戦争を根本的に否定し、最も熱烈に平和を希求する」・「この地上より戦争の恐怖と罪悪とを抹殺して真実の平和を確立しよう」と述べたこと。
 長崎も「われわれは大胆素直に戦争絶対反対を叫び、平和憲法を守り」(51年)などと訴えてきたこと・
 二つは、筆者の指摘「つまり宣言は、原爆の惨禍をもたらした戦争の絶対否定から出発した」とのこと。
 これで考えるヒントができた。
 戦争の絶対否定からの出発だからこそ、投下したアメリカを憎まずに来れたのではないか?
 アメリカは真珠湾を忘れるな、9.11を忘れるな、と、行為を憎み、行為者を憎み、行為国を憎んだ結果、その報復と言う行為に出たのではないか?それが報復の連鎖を生んだのではないか?
 平和宣言は、「戦争そのものを否定し、罪悪とした」からこそ「世界的に崇高な精神」を感じさせたのではないか?
 最高の安全保障は、「戦争根絶、平和憲法を守る」こととしたのが「平和宣言の精神」ではなかったかのか?
 少なくとも、安全保障の点で、集団的自衛権の行使容認を、はるかに超えた高みに、「平和宣言」があったよう気がした。
 これからも、平和を希求する日本人の「崇高な精神」の、世界に向けた、宣言であってほしいと思った。
  
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by sasakitosio | 2014-07-25 07:48 | 朝日新聞を読んで | Trackback