憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

事態は変えられる

 7月2日付東京新聞朝刊26面に、「本音のコラム 集団的自衛権行使容認に物申す」という署名入りの「集団的囲み」記事がある。
 今日は、「事態は変えられる」という見出しの、「法政大学教授・山口二郎氏のコラム」を学ぶことにした。
 筆者は、「日本には「泣く子と地頭には勝てぬ」ということわざがある。
 安倍首相は、泣く子がそのまま地頭になったようなものである。
 集団的自衛権の行使を正当化する閣議決定は、それを必要とする新たな問題に対処するものではない。安倍首相が駄々っ子のように「僕、これが欲しいんだもん」と言い張って、決められた。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「だから、論理は皆無である。政府与党は、集団的自衛権が必要となる理由を一応あげて、国民を説得しようとした。それらの事例なるものはことごとく机上の空論であり、詭弁である。そのことを我々が指摘し、集団的自衛権は有害であることを論証しても、相手は泣く子である。いくら道理を言い聞かせても、無駄である。」と指摘した。
 最後に筆者は、「しかし、諦めるわけにはいかない。泣く子と地頭に勝てぬとは、権力に従順な日本の政治文化を表している。
 いまこそそんな文化を変えなければならない。閣議決定されても、本当の政策転換はこれからだ。
 長い戦いが続く。安倍首相が単なる泣く子だということを国民に理解してもらえば、事態は変わる。」と締めくくった。
 変な人が国会議員になれ、変な人が自民党の総裁になり、変な人が総理大臣になり、変な社会が続いている。
 泣く子状態の人を、最高権力者にした自民党は、党が丸ごと、泣く子に見えてくる。公明党も、泣く子と一緒に泣いている子のように見えてくる。ここは一番、大人の政党・政治家の出現で、泣く子を黙らすしかないか。そのチャンスは、一日も早い総選挙、遅くても次の参院選だ。その時、有権者の手で、泣く子の「子守した政党・議員」は、落選かやめてもらうしかあるまい。泣く子も、子守役の政党・議員がいなくなれば、黙るのではないか?何よりの薬は、子守している議員の失職ではないか?
 そうして、はじめて、泣く子も、権力は国民の信託によってのみあるということを、気付くのではないか?
 忘却は罪である、公憤のメモリーを増やそう、新聞を読んで公憤を持続させよう!!!
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by sasakitosio | 2014-07-06 07:18 | 東京新聞を読んで | Trackback