憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

殺し合い あなたが命令されたら

6月29日付朝日新聞4面に、「政治断簡」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、編集委員・松下秀雄氏だ。
 今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「徴兵をやめるのは「軍国主義」への回帰を意味する。そんなドイツ軍将校の発言を、ニューズウィーク日本版で見かけ、目を疑った。
 日本では、徴兵制こそ軍国主義の象徴だ。体験者はしばしば「おまえの命は一銭五厘だ」と召集令状一枚の値打ちしかないように上官に扱われた理不尽を振り返る。どういことだろう。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「ドイツ人で、近現代日本史を研究する上智大のスヴェン・サーラ准教授に尋ねると、答えが帰ってきた。
 「戦後のドイツは市民軍を理想としたからです。かってのの軍はナチスに反対しなかった。だからネオナチが政権をとろうとするとき、民主主義を防衛する市民軍をつくろう。閉ざされた軍は道を誤るから皆で加わろう。そんな理想のもと徴兵制をとりました。
 だから、軍事費削減を迫られ、小規模で能力の高い軍をめざして2011年から徴兵制が停止されると、理想との逆行を懸念する声が上がった。
 それでも、「制服を着た市民」と称される軍の核心は残る。抗命権・抗命義務だ。
 みんなで軍に加わっても、、命令に絶対服従では暴走を防げない。そこで、人の尊厳を傷つける命令には従わなくてよい、違法な命令に従ってはならないと法に記した。命令の適否を判断する権利と義務を一人ひとりに負わせたのだ
 ある少佐は03年イラク戦争は国際法違反で、米軍には協力できないと任務を拒んだ。裁判になったが結果は無罪。少佐は来日時の講演で「ドイツにいる私は恵まれている」と話した。
 この問題を研究し、講演の通訳も務めた京都女子大の市川ひろみ教授は問いかける。
 「日本でも、おかしいと思うことには、異議を唱えられるでしょうか」
 上官の命令は天皇の命令と心得よという軍人勅諭は失効した。けれども日本人は、自分の意見をいうのに不慣れで、「空気」を読んであわせるくせを感じるからだ。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「私には徴兵制を進めるつもりはかけらもない。ただ、くむべき示唆は多いと思う。
 市川教授はいう。
「ベトナム戦争から撤退した73年、米国で徴兵が停止されると、大半の国民にとって戦争はひとごとになり、国は戦争をしやすくなりました」
 なるほど、ベトナム戦争の時ほど反戦運動の盛り上がりは、その後に記憶にない。
 ところで、集団的自衛権である。この議論も、ひとごとのように軽くはないか。
決めようとしている政治家が、みずから戦うことはないだろう。私たち一人ひとりも「自分なら人を殺せるか」を問い、悩んでいるか。
 自衛隊員は、日本の防衛のために危険を顧みないと誓っていても、ほかの目的で戦うことは想定せず入隊している。殺し、殺される恐れが格段に高まる憲法解釈の変更を、おかしいと思う人は多いはずだ。彼ら、彼女らは本音を言えているだろうか。
 国民全体で悩みもせず、踏みだしてはならない。
 それは民主主義に反する、」と締めくくった。
 よんで、勉強になった。
 ドイツでは「ある少佐が03年、イラク戦争は国際法違反で米軍には協力できないと任務を拒んだ」こと、「裁判になったが結果は無罪」とのこと、これは日本でも真似をした方がいいと思った。 
 またドイツで。「人の尊厳を傷つける命令に従わなくてよい、違法な命令に従ってはならないと法に明記した」とのこと。これも素晴らしい、法規だ。国家的にも、社会的にも、政党のなかでも、宗教団体のなかでも、会社の中でも、社会の隅々に、全体主義の芽が出ないようにすることが、自由と民主主義を守る道のはずだ。
 ドイツは、ナチによる国家支配から、全体主義の根絶を狙い、「抗命権・抗命義務」を法で規制しているようだ。これも日本は真似をしたいものだ。
 筆者の「私達一人ひとりも「自分なら人を殺せるか」を問い、悩んでいるか」の問いは、とりあえず派遣されるのは「自衛隊」だとか、まだ他人事だと思っている自分には、重い問いであった。
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by sasakitosio | 2014-07-05 07:03 | 朝日新聞を読んで | Trackback