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by sasakitosio

自分たちの流儀

 6月29日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、法政大教授・山口二郎氏だ。今日は、この記事に学ぶことにした。
 筆者は、「サッカーW杯における日本代表チームの敗北は、普通にサッカーを見るものにとってはほぼ予想通りの結果であり、特に失望するという話ではない。一つ気になったのは、初戦で敗退して一次リーグ通過が難しい情勢になっても、選手が「残りの試合でも自分たちのサッカーをするだけだ」と言っていたことである。
 ギリシャ戦では相手に退場者が出て、一人多い状態で自分たちのかたちで攻め続けることができた。それでも点が取れなかった。自分たちのやり方が通用しないということである。
 次の試合で勝とうと思ったら、試合に勝つために自分で修正しなければならない。その点で工夫が見られなかった。」と指摘した。
 つづけて筆者は、「話はやや飛躍するが、自分の流儀にこだわって、それが外の世界に通用しないことに鈍感である特徴は、日本の組織に広く共通しているように思える。政治の世界では、オレ様の流儀を丸出しにして何が悪いかといわんばかりの失言、方言が相次いでいる。サッカーであれば外国の強いチームとぶつかって、自分たちの流儀が通用しないという現実に嫌でも気づかされる。ところが政治の世界では、井の中の蛙たちは閉じた空間で強がりを言い続けられる。」と指摘した。
 最後に筆者は、「世界に通用しないのは、サッカーだけではない。トンデモ発言を放任し、非常識な同僚をかばう政治家たちも、世界に背を向けているのである。」と、締めくくった。
 読んで、心の刺激になった
 サッカーに限らず、スポーツの勝ち負けは、結果でしか判断できない。ただ、負けた時は相手が強かったからだし、かった時は相手が弱かったと思えばいいのではないか?
 だから、自分的には、勝ち負けは時の運、日本が勝ったらバンザイ!!、日本が負けた時はゴクロウサン!、どっちもよかったということにしている。
 ただ、「自分の流儀にこだわって、それが外の世界に通用しないことに鈍感であるという特徴は広く共通しているように思える」との筆者の指摘は、大方の日本人には耳の痛い話ではないかと思った。
 ただ、他者を「自分と違う優れたところを持った人間」として「学ぶ対象」にすれば、「自分の流儀にこだわって」いることがより深く「他者を理解でき」、「独りよがりから脱出でき」るような気がするが?
 これは単なる自分の思い込みか?
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by sasakitosio | 2014-07-02 07:18 | 東京新聞を読んで | Trackback