憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

理念なき劣化した社会

 6月22日東京新聞朝刊4面に、「時代を読む」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、立教大学大学院教授(哲学者)・内山節氏だ。今日はこの記事を学習することにした。
 筆者は、「いまから15年ほど前、群馬県の「新総合計画」の策定に加わったことがあった。「新総合計画」は5年ごとに全国の都道府県がつくっているもので、その県の基本計画のようなものであった。
 はじめに各地の「計画」を読んでみたが、どこの都道府県も同じような内容になっていた。先端産業の育成とか、高速交通網、高速通信網の整備、子ども達の生きる力を育むなどとともに、自然と共生する県づくりなどが並んでいた。
 どうして同じような内容になるのか、それは5年計画であることに理由があると気付いた。どの都道府県でも当面の課題を持っている。5年計画だとその当面の課題を列挙することになり、同じようなものになっていく。 この時の群馬の「新総合計画」では、5年計画をやめ、百年計画に変更した。百年後というと、いま生まれた子や孫が晩年を迎えているころである。だから子や孫が年を取って困らない群馬をつくるにはどうすればよいのか、それを考え方の柱に据えたのである。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「5年から百年に計画期間を延長してみると、「つくる」計画が意味を持たなくなってしまった。たたとえば百年後にどんな交通手段や通信手段が用いられているのかが分からないわけだから、高速道路をつくるなどと言っても意味がない。百年後の社会の姿がわからない以上、「つくる計画」は立てようもないものである。逆に重要になったのが「残す経画」だった。社会がどんなに変わっても、これだけは残しておかないといけない、そういうものをしっかり残す計画に変わった。
 どんな社会になったとしても、自然は残しておかないといけない。二次三次産業は変わっていくだろうけれど、農業などの一次産業はしっかり残しておかないとうまくいかない。たとえばどんな社会になったとしても、コミニティーや本物の地域自治のかたちも残さなければいけないし、そして何よりも、さまざまな課題に対して考え続ける風土をのこさなければならない。もちろん残すためには、都市のコミュニティ―のように「つくって残す」ものもあるが、それは公共事業のようなものではないのである。
 百年計画の理念を想起し、それに基づいて県が事業計画を策定したものが、この時の「新総合計画」だったが、重要なのは、どんな時間幅で物事を考えていくのかだった。それによって見える世界が変わる。」と教えてくれる。
 さらに筆者は、「ところが今日の政治や経済は、極めて短期間の、いわば目先の利益ばかり追っている。百年後にも人々が平和を享受できるようにするにはどうしたらよいのか、というような発想はどこにもないままに集団的自衛権を強行しようとする。百年後にも通用する憲法の役割を考えるのではなく、解釈の変更だけで事実上の憲法改正をもたらそうとする。経済と社会の関係を考えることもなく、「成長戦略」と称して、原発の再稼働と輸出、武器輸出、観光客を呼び込むためのカジノの建設、法人税の減税などを進めようとする。」と指摘した。
 最後に筆者は、「おこなおうとしていることは、当面の政策でしかないのである。 これからの社会に対する理念がなくなっている。もっと長い時間幅で考えなければ、理念は生まれないのだから。私はそれは劣化した社会の姿だと思う。」と締めくくった。
 読んで、勉強になった、刺激された。
 筆者指摘の、「5年から百年に計画期間を延長してみると、「つくる」計画が意味を持たなくなった。」、
「逆に重要になったのが「残す計画」だった。」は、大いに納得できた。
 また、筆者の指摘した、「百年後にも通用する憲法の役割を考えるのではなく、解釈の変更だけで事実上の憲法改正をもたらそうとする。
 経済と社会の関係を考えることもなく、「成長戦略」と称して、原発の再稼働と輸出、武器輸出、観光客を呼び込むためのカジノの建設、法人税減税などを進めようとしている。
 おこなおうとしていることは、当面の政策でしかない。」は、実に現状を正確にさらして見せてくれた、と思った。
 たしかに、この状況は、筆者の指摘通り、「劣化した社会の姿」なのだと思った。
 ただ、このままで、いいのか? 何か手だてはないのか?
 社会の劣化防止に効く、特効薬はないのか?
 筆者の頭脳に期待したくなった!!
 
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by sasakitosio | 2014-06-29 07:51 | 東京新聞を読んで | Trackback