憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

軍事作戦の犠牲者

 6月15日付東京新聞社説横に、「太郎の国際通信」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、ジャーナリスト・木村太郎氏だ。今日はこの記事に学ぶことにした
 筆者は、「「事実は小説より奇なり」というが、これは「事実は小説のごとく奇なり」と言えそうだ。
 その「事実」というのは、アフガンで5年間反政府武装勢力タリバンの捕虜になっていたボウ・バーグダール米陸軍軍曹が米国に収監されていたタリバン幹部5人と交換に解放されたことをめぐる問題だ。
 オバマ大統領はホワイトハウスにバーグダール軍曹の両親を招き「米国は一人の兵士も戦場に置き去りにしない」と大見えを切って発表したのだが、実は同軍曹は5年前持ち場を離れて行方不明になり、日ごろからアフガニスタンの戦争に懐疑的であったことから脱走したものと考えられていた。また同軍曹の捜索中に米兵6人が戦死したこともわかってきた。
 さらに、バーグダール軍曹はタリバンの捕虜になっている間にイスラム教に改宗し、イスラムの戦士(ムジャヒド)であると自ら称していたことを示す文書を入手したと米フォックス・ニュースは伝えた。」と教えてくれる。
 つづけて筆者は、「まさに「小説」のような話なのだが、その筋書きそっくりなのがいま日本でフォックス・チャンネルで放送されている米国テレビドラマ「ホームランド」だ。
 こちらはイラクでイスラム過激派アルカイダの捕虜になった米海兵隊のブロディ軍曹が8年ぶりに救出され英雄扱いをされて帰国するが、実は捕虜になっていた間にイスラム教に改宗し、アルカイダに寝返って米国でテロ作戦を実行するために送り込まれるという展開だ。
 ドラマでは、ブロディ軍曹が死んだと思っていた家族が突然の帰還にとまどったり、米中央情報局(CIA)の女性担当官が同軍曹を疑いながら感情移入していったりと娯楽性も忘れないが、米国の軍事作戦に対する反発と愛国心のはざまでゆれうごくブロディ軍曹の心情を映像化しながら米国の中東への軍事介入に対する疑問を表現しているように思えた。」と指摘した。
 さらに筆者は、「バーグダール軍曹は、アフガニスタン東部の無人地帯でタリバン兵士から米軍に引き渡された後、ドイツにある米軍の病院で治療を受けているが、同時に米軍の事情聴取も行われているようだ。その結果によっては軍法会議にかけられる可能性があるが、もし敵前逃亡で有罪となれば最大5年の懲役刑になるという。
 バーグダール軍曹の故郷のアイダホ州ヘイレイでは、当初計画されていた歓迎式典がキャンセルされた。地元でも軍曹に対する反感が高まっているからだというが、こうした反感は帰還した元捕虜の米兵が裏切り者だったというシナリオの「ホームランド」の影響もありそうだ。
 いずれにせよ、現実のバーグダール軍曹もフィクションのブロディ軍曹も、中東での米軍の軍事作戦の犠牲者だという意味では同じなのかもしれない。」と締めくくった。
 ドラマでは、推理小説の筋書きような「連続犯罪」が、筋のものがあるが、現実の話だとすると、全く興ざめだ。
 しかし、イスラムに改宗することが「重大問題」になる、アメリカ社会の「自由の中の閉鎖のバリア」が見えてきて、興味深い。
 仏教が比較まし程度の仏教信者の自分にとっては、宗教が争いのもとになること自体が信じがたい話だ。
 エルサレム一人旅で、聖墳墓教会にも、神殿の丘でも、嘆きの壁でも、真摯に祈りをささげてきた。他人が敬う「神」に最大の敬意を表するのは、人間としての礼儀であろうとの思いで。
 神殿の丘では、あなたはモスレムですかと聞かれたほどだ。
 そこで感じたことは、三つの宗教で共通していたのは「真摯な祈り」であった。「真摯に祈る」ことで、誰しもが「神・仏」に近づき、その加護を受け、心の安堵を得ることができる。そのように作られている、「生き物」が人間ではないか、と思うようになった。
 宗教がもとで、人が殺し合うことは、すべての教祖の心にはなかったのではなかろうか?
 ゆくゆくは、それを現代の科学知識と技術と道具を使って、現代の人間の手で、解明できないものか?
 
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by sasakitosio | 2014-06-22 09:48 | 東京新聞を読んで | Trackback