憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

環境相の発言 「最後は金」が蝕むもの

 6月19日付朝日新聞社説に、「環境相の発言 「最後は金」が蝕むもの」との見出しで、石原環境相の発言問題が載った。
 今日はこの社説を学習することにした。
 社説は、「そうだ。石原伸晃環境相の言葉が無神経に映したのは、いまの福島の一断面である。
 「最後は金目でしょ」
 損害賠償も除染も帰還も、移転先での新しい生活も。復興でさえも。原発事故の被災地には、「最後は金目」な案件がうずまいている。
 だけど、福島の人たちが本当に欲しいのはお金じゃない。
 放射能なんかこれっぽちも気にしなくてよかった日々であり、田んぼや畑や海で汗をぬぐうひとときであり、子どもや孫と笑って過ごせる生活だ。
 取り戻せないことは分かっている。だからこそ、やりきれない。金目で済ませたいのは、住民ではない国の方だ。」と切り出した。
 つづけて社説は、「確かに、お金は便利だ。「代償」の道具として万能に見える。だけど、その金は原発事故の後、福島をひたすら蝕んでも来た。
 「もらった」
 「もらえない」 
 「足りない」
 「もらい過ぎだ」~~~・無色透明を装いながら、遠慮なしに地域や家族や友人関係に踏み込み、分断した。
 この3年間、その矛盾と空虚さをいやというほどかみしめてきた。「どうせ金なんだろ」という目と闘いながら。
 その中で自分をどう取り戻し、周りとの関係を結びなおし、いかに生きるか。重たい問いと向き合ってきたのは、国ではない、かれらの方だ。
 中間貯蔵施設もそうだ。ふるさとに、そんなものは欲しくない。だが、除染した汚染土をどこかで保管しなければ、福島全体の復興が進まない。
 葛藤から抜け出し、なにか前を向いていくための答えを探しに住民説明会へと足を運んだ人たちもいただろう。
 石原氏の言葉は、そういう人たちの心をへし折った。
 「30年以内の県外処分」も、もはやそらぞらしい響きにしか聞こえまい。」と指摘した。
最後に社説は、「 膨大な汚染土を、いったい県外のどこが引き取るというのか。あてのないまま「約束します」と繰り返す国の軽さが、「最後は金目」と言い放つ大臣の姿と重なる。
 発言後、石原氏は釈明と陳謝に追われている。ただでさえ、むつかしさを増してきた交渉だ。こんな形で断ち切ってしまった関係を修復するのは容易ではないだろう。
 約2週間にわたった説明会に担当大臣である石原氏は一度も出席しなかった。まずは現地に足を運び、耳を傾けるといい。
 自らの発言の罪深さを、蝕んでしまったものの重さを、骨身で実感するために。」と締めくくった。
 読んで、石原氏の「金目でしょ」の発言が、原発事故の被害者の心をいかに傷つけたか、改めて知った。原発事故に対し、国策と言いながら、誰も責任を取っていない。政府高官は天下りしたり、東電の役員も事実上の天下りをしたり、直接の責任者が退職金を返上したという話はいまだ聞いていない。
 直接の当事者のトップがだれも責任を取らないまま、責任感の欠如したまま、再稼働を進めようとしている。
 その無責任集団の一員である、石原環境相の本音が出たとしか言いようがないのではないか。国会で野党議員は、この問題も、内閣の本性も国民の前に、隠すことなく晒してほしいものだ。
 
[PR]
トラックバックURL : http://sasakitosi.exblog.jp/tb/20827720
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
by sasakitosio | 2014-06-20 07:17 | 朝日新聞を読んで | Trackback