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by sasakitosio

国民の命を守る判決だ 大飯原発.差し止め訴訟

 5月22日付東京新聞社説に、「国民の命を守る判決だ 大飯原発差し止め訴訟」の見出しで、21日の福井地裁判決の記事が載った。今日はこの社説に学ぶことにした。
 社説は、「大飯原発の運転再開は認めません。昨日の福井地裁判決は、言い換えるなら、国民の命を守る判決ということだ。原発に頼らない国への歩みにしたい。
 判決はまず、津波対策に比べて軽視されがちな地震の揺れの強さを着目し、「想定外」は許されないと言っている。
 世界有数の地震国日本では、どんな大地震に大飯原発が襲われるか分からない。原発を冷やすシステムが破壊されない保証もない。一方、想定より弱い地震でも重大事故は起こり得るものだという。
 要するに、「想定外」を恐れている。
 使用済み核燃料に関しても、放射性物質が漏れ出さないように閉じ込めることが可能な保管設備は存在しない、とも考える。
 さらに、大飯原発の安全技術と設備は、確たる根拠のない楽観的な見通しのもとに初めて成り立つ脆弱なものだと断じている。
 裁判官の前で関西電力の方に説得力がなかったわけである。
 安全神話の完全な否定である。
 原発の稼働が発電コストの低減になるという関電側の主張も退ける。極めて多数の人びとの生存そのものに関わる権利と、電気代が高い低いの問題と並べて論じること自体、許されないと、怒りさえにじませているようだ。
 経済神話の否定である。
 そして、原発の稼働が地球温暖化の原因になる温室効果ガスの削減に寄与するとの被告側の主張に対しては、福島原発事故は我が国始まって以来の環境汚染、甚だしい筋違いとまで言い切って、環境神話も否定した。
 3.11後もまだ残る原発神話を払いのけ、その素顔を国民の前にさらして見せたとすら、言えるだろう。」と教えてくれる。
 つづけて社説は、「原発再稼働に走る政府はどう受け止めるのか。
 国内の原発訴訟で住民側が勝訴したのは、高速増殖炉もんじゅ(福井県敦賀市)の設置許可を無効とした2003年の名古屋高裁金沢支部判決と、北陸電力志賀原発2号機(石川県志賀町)の運転差止めを命じた06年の金沢地裁だけだった。
 福井、岐阜両県と近隣の住民が同じ3.4号機の差し止めを求めた仮処分裁判の抗告審で、大阪高裁は今月9日、「現時点では判断できない」と、訴えを退けた。」
 今回の判決は、福島の事故直後の当時の近藤俊介・原子力委員長が示した見解を踏まえ、原発から250キロ圏内の住民は事故の被害を受ける恐れが強く、差し止めを求める権利があると、かなり広く認めている。」と教えてくれる。
 さらに社説は、「3.11後、原発の停止や建設中止を求める訴訟が各地で起こされているが、司法の流れは本当にかわるのか。
 関電はきっと控訴するだろう。
 差し止めの結論はもちろん、判決内容にも多々不服があるだろう。国は、これで日本経済が成り立たない、というかもしれない。
 しかし、良く考えて見てほしい。
 今回の地裁の判決理由は、普通の国民が普通に考えて思い至ることばかりではないか。
 その考えの基底には、あの東日本大震災・大津波で引き起こされた福島原発の惨状、放射能汚染の怖さ、また安全神話と今は称される、事故の蓋然性に固く目を閉ざしていたこと、などへの悔悟と反省とがある。
 事故の後、日本の原発行政は揺れに揺れた。当時の民主党政権下では、原発ゼロへの計画をいったん決めながら、自民党への政権交代によって揺り返した。
 先月、政府は原発をできるだけ減らすと言いながら、その実、原発をベースロード電源と位置づけ、事実上、原発頼みへとかじを切り直した。
 原発に頼らないという道筋は、立地自治体などには経済活動の停滞や雇用の不安を生じさせる。それはもちろん理解せねばならない。そして、日本全体で考えるべきだ。
 そういった不安を除きつつ、同時に原発政策を見直し、国民の生命・安全を守り抜こうとすることこそが、政治なのではないか。」と指摘した。
最後に社説は、「判決は、あらためて、福島の反省に立て、と言っているかのようである。
 司法は行政が行うことについても、もし基本的人権を危うくするようなら異議を唱えるものだ。その意味で、今回の判決は、当然というべきであり、画期的などと評されてはならない。
 経済性より国民の安全が優先されるというのは、これまで私たちが何度も唱えてきたことであり、未来への願いでもある。 それは大方の国民の思いと同じはずである。」と締めくくった。
 社説を読んで、はっきりしたことがいくつかある。
 「判決が、「大方の国民の思いと同じはずである」」との社説の指摘はその通りだと思う。
 また、判決が、「安全神話の否定」「経済神話の否定」「環境神話の否定」を、大方の国民の視点で、完膚なきまでに実行してくれたことに、司法は、特に原発立地地の司法は、「心身ともに原発・放射能」に汚染されていないことがわかった。
 司法も、社会的高みに上がれば、上がるほど、「原発マネー・原発権力」に汚染されやすい傾向がある。高裁、最高裁の審議を、みんなで注視をしたい。
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by sasakitosio | 2014-05-26 07:13 | 東京新聞を読んで | Trackback